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第十三章 12年ぶりの再会 1929年、カインは8才、アベルは6才になった。 アベルが生まれてから、ジョンは体調を崩すことが多くなった。 はっきりとした病気ではないのだが、顔色が悪く、目眩をすることが頻繁になってきた。 「お医者さんに見てもらったら?」 キムはジョンに何度も言うのだが、「うん、そのうちに行くよ」と言うだけで、一向に行く気配がない。 キムもさじを投げたようで、今ではジョンの好きなようにさせるだけだった。 ジョンには解っていたのだ。 アベルが生まれてから、それまで普通だったカインの態度がおかしくなり、アベルが喋ることが出来るようになった頃、急にジョンの体に異変が生じたのだ。 カインはアベルが産まれた時から、アベルを目の敵にするようになって、アベルが歩けるようになった時には、露骨にいじめるようになっていた。 そしてアベルが5才になった頃から、二人は喧嘩をするようになった。 その光景を見るたびにジョンは胸を痛め、それが原因で目眩をするようになったのだ。 しかしキムには決してそのことを言わなかった。 ジョンの体調を良くするには医者よりも、二人の子供が仲良くすることが一番であることを本人は重々承知していた。 ジョンは、そんなことを察することが出来ないキムにも失望を感じるようになって、今では孤独という病魔とも戦っていたのだ。 『父親のジェイコブが何故離婚したのか、何故母親は双子の子供を残して家を出ていったのだろうか』 その原因が何となくわかるような気がしてきたジョンだった。 キムも、ジョンの精神状態が体調を崩している原因だとわかってはいたが口には出さなかった。 『こんな不吉な名前をつけたからおかしくなったのだわ。わたしたちの想いが子供たちに伝わり、微妙に感じる二人には理由が分らないから、結局お互いに憎しみ合うようになったのよ!』 心の中でキムは思っていた。 夫婦が疑心暗鬼になり、子供たちが憎しみ合う。 ジョンとキムの幸せな夫婦生活は最初の一年だけだった。 そしてまたカインとアベルが喧嘩をした。 遂に限界に来たジョンは倒れてしまった。 まだ30才前だと言うのに、ベッドに寝ているジョンの姿を見てキムは、ジェイコブが倒れた時のことを思い出した。 『倒れた時、ジェイコブはもう50才を過ぎていた。ジョンはまだ29才なのに、人生に疲れ果てた表情をしている。どうしてこんな風になってしまったのかしら』 その時、ボブのことを思い出した。 二人が結婚してカインを産んだ頃は、完全にボブの存在を、忘却の彼方に押しやっていたキムだったが、アベルを産んでからは、ボブのことを思い出すことが多くなっていたのだ。 『あああ!同じことを何度も繰り返す人間って、本当に愚かな生き物だわ』 キムは絶望というより、失望する、冷めた自分が実に醜く見えるのだった。 『そうだ!ボブに会いに行こう』 キムは決心した。 サンフランシスコ駅に降りたキムを、トミーが出迎えに来ていた。 ボブの活躍ぶりをトミーから聞いていたキムは、ジョンが倒れたのを理由にフリスコまで独りでボブに会いにやって来た。 ジョンと結婚して二人の子供までいることを、トミーはキムから聞いていたが、ボブには何も言ってなかった。 たとえ聞いたとしても、今のボブなら動揺はしないだろうとトミーは思ったが、事業に専念しているボブに余計なことを考えさせたくなかったからだ。 「やあ、キム。10年ぶりかね、もうあれからサリナスには帰ってないからね。すこし痩せたんじゃないか?」 「トミーは太ったわね。事業が成功して裕福になったせいね」 キムは皮肉ではなく素直な気持ちで言った。 「いやあ、事業の成功はすべてボブのおかげだ。俺なんて、ボブから言われたことをただやっただけのことさ。だけどボブの事業センスはすごいね。カポネという名前聞いたことあるだろう?」 「ええ、シカゴのギャングでしょう」 「俺なんか顔も見たことないんだけど、ボブはカポネの親友さ」 当時、全世界に轟きわたっていたカポネがボブの親友だと聞いたキムは、直感で、ボブはもう昔のボブではなくなっていることを知った。 「サリナスの田舎からやって来た人間なんかに会ってくれないわね?」 昔のキムのイメージを持っていたトミーは内心思った。 『十年も経てば、人間なんてすっかり変わってしまうもんだ。このキムだって、あれだけ新鮮な女の子だったのに今は・・・』 トミーは、キムがフリスコにやって来ることを、ボブには言ってなかった。 「キム、ボブは何も知らないんだ。君とジョンのことも。だから会わない方がいいと思うよ」 せっかくサンフランシスコまで来たキムだったが、トミーの話に納得した。 「そうね、もう昔のボブではないわね。だけど、ジョンが倒れたことだけはボブに伝えておいてね」 と言った時、 「キム!」 ボブの声がした。 「ボブ!」 キムも叫んだ。 二人はしっかりと抱き合った。 「よく来てくれたね、キム。子供は元気かい?カインとアベルは?」 名前まで知っているボブに、二人は唖然としていた。 「驚いたかい。君とジョンのことなら、トミーよりもよく知っているよ。ジョンが倒れたんだろう?もういいのかい?」 『どうして知っているならサリナスまで飛んで来てくれなかったの・・・』 キムは、内心思ったが言える立場ではなかった。自分たちがボブをサリナスから追い出したようなものだったからだ。 「ええ、そうね。だけどジェイコブと同じ脳卒中だから、ベッドに寝たきりなの。チェンに面倒みてもらってるわ」 本来なら妻のキムが世話をするのが当然なのに、敢えて本当のことをキムはボブに言った。 事業に関しては、天才的な鋭さを発揮するボブだが、男と女についてはまだ子供の域を超えていないボブはキムの遠回しな言い方を理解できなかった。 「それなら心配ないね。じゃあ今日はフリスコで泊まるかい?それともサクラメントまで行くかい?」 事業の天才といえども、ボブは前と何にも変わっていなかったのを知ったキムは「やはり会ってよかった」と思った。 「キム、ジョンによろしく言っておいてくれ」 ボブは翌日サンフランシスコ駅までキムを送り、プラットホームで窓越しにキムと握手しながら言った。 「ええ、わかったわ」 キムはそう答えたものの、『ジョンはわたしがボブに会いに来たことなど知らないの』と心で呟いていた。 「キム、ジョンに内緒で来たんだろう?それはいけないよ。そういうことがますますジョンを傷つけることになる。12年前の遊園地での事件だって、ジョンには何の責任もない。悪かったのは僕とキムだ。確かににジョンは父親のジェイコブと似た性格で偽善者的一面はある。逆に母親のエバや僕は、自分で悪ぶるところがある。だけど結局大事なことは、人間の道に外れた事をしているか、していないかだと思う。ジョンは決して道に外れた事はしていない。だけどジョンは性格が弱いから、キムの支えが必要だと思う。僕は大丈夫だからね」 日頃無口なボブが、言わなければと、必死にキムに語った。 「わかったわ、ボブ。わたしが間違っていたことにいま気がついたわ。ジョンのことは心配しないで。わたしが責任を持って看病して立ち直らせてみせるから。ありがとう」 動き出した汽車の窓から、キムは思いきり手を振ったが涙は見せなかった。 サンフランシスコ駅の外に出たら、トミーが待っていてくれた。 「キムは気づいてくれたようだね?」 遠くから二人の様子をトミーは見ていたのだ。 「うん、そうならいいんだが」 何となく淋しそうな表情を見せたボブだったが、自分に言い聞かせるように、「これでいいんだ」そう言って駅の外に停めてある車の方に早足で歩いていった。 「ちょっと待ってくれよ、ボブ。土地の件で報告があるんだ」 「今日はビジネスの件はなしだ。一杯どうだ、トミー?」 ボブは事業のことになると人間が変わるほど集中力があり、事業の為に生まれてきたような人間だとトミーは思っていたが、今日のボブを見ていると、それが誤解だったことがわかった。 「ボブも、もうそろそろ家庭を持った方がいいな」 とトミーが言うと、 「まだまだ早いよ。それより土地の件はどうなんだ?」 「今日はビジネスの件はなしだ。と言ったのは誰だ」 二人は車の中で笑っていた。 |