|
第二十七章 偽善と自己欺瞞 ジョンの復讐の念は、ボブが想像した以上に大きかった。 キリスト教を敬虔に信じる者は、カトリックでもプロテスタントであっても、また他の宗派でも、偽善と自己欺瞞という、一見透明な水のようで底にはヘドロが一杯蓄積している二重の背反する要因を無意識の中に特に強く持っている。 透明な水が、より透明であればあるほど、実はその底に潜むヘドロの層は厚いのだ。 ジョンやジェイコブが、その典型である。 キリスト教は、その生い立ちからして自己矛盾が本質的にあり、それが、偽善と自己欺瞞というヘドロを生んでいるのだ。 牧師や神父は、意識と無意識の狭間で感じており、一般の信者は、それぞれ個人差があるが無意識上で感じとっている。 これは、他の宗教でも言えることだが、宗教というその本質からして当然のこととも言える。 この矛盾が人間社会の不条理なことをするパワーの根源であるから、信者の数が多い組織ほど不条理なことを、上層部は意識的に、中間は意識と無意識の狭間に、多くの底辺層は無意識的にしている。これが独善と言われるものの実態である。 中世から、世界をリードしていく中心的役割を果たして来た欧米世界が、もしキリスト教でなければ、そのパワーは無かったであろうし、また世界の構図は違ったものになっていただろう。 ボブやキムは、いい加減なキリスト教信者であったから、偽善と自己欺瞞の縄から自由でいられたのだ。 ジョンの念は、ほとんど無意識に近いが、アベルは、ほとんど意識上のものだ。 ボブは、そのことを直感的に感じていた。 『ジョンを変えるのは、そんなに困難なことではない。だがアベルは一筋縄ではいかない』 そう思ったボブは、ジョンに的を絞った。 「ジョン、とにかくキムと一緒に会って話しをしよう」 「キムは、僕がこの世にいないと思っている。そう簡単にはキムが信じないよ」 ボブは思った。 『ジョンは、まだキムのことを愛している。問題はキムだ』 「それじゃ、僕がキムとまず会って、君のことを話すことにしよう」 ボブが言うと、ジョンは迷っている様子だったが、横からアベルがまた唆す。 「ジョン、今はアベルの言うことを聞かないで、僕やキムの言うことを信じて欲しい。必ず証明してみせるから。もしそうでなかったら、どんな償いでもするよ」 ボブとジョンは双子だから、以心伝心が他人以上に強く働く。 「分かった。そうしよう」 その時、アベルの表情は、まさに悪魔ルシファーそのものであった。 |