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第三十八章 告白 失神していたトミーにカポネの手下の大男たちが例のアンモニア水を嗅がしたら、一瞬にしてトミーの気が戻った。 何か夢でも見ていたのか、覚めても現実と夢との区分けがはっきり出来ていないらしい。 辺りをきょろきょろ見まわして、一人一人の人間の認識が、現実と夢との間で混在していて、時空の世界を超えた状態にいる。 「今の状態の間に催眠術をかけてしまえば、何でもしゃべるだろう。マークを呼んだのは、彼がFBIの頃、尋問のプロだったからだ。マーク、頼むよ!」 カポネに指示されてマークはトミーの前に座って、喋りだした。 「デヴィッド・ストンハラーを知っているね。だけどまだ会ったことはないね。君に命令を出している連中が、あのシナゴーグの中にいる。君は今、そのシナゴ−グの中にいる。シナゴーグの中にいる。中にいる。・・・」 目をきょろきょろさせていたトミーがうつろになっていき、とうとう目をつぶってしまった。 目の働きというものは不思議で、実は内臓と同じで一日二十四時間、一年三百六十五日働き続けている器官なのである。 一般的には、目は人間の自由意志で開けたり閉じたり出来るものと勘違いしているが、それは瞼という段幕が下がっているか上がっているかだけであり、段幕の後ろ側にはスクリーンという網膜が厳然と在り、目を開けるということは段幕を上げて、外部にある映写機がスクリーンに像を映すことで、目を閉じるということは、下がった段幕の後ろ側にあるスクリーンに、後ろ側にある内なる映写機からやはりスクリーンに像を映しているのである。 どちらにしてもスクリーンの映像を見ている自分がいることを知らない人間がほとんどだ。 知らないということは、存在しないということではなく、気づいていないということだけで、存在しているという厳然たる事実はある。 催眠術にかかるのは、それに気づいていないからで、夢と現実とが混在しているのであり、これは夢だと思ったり、これは現実だと思ったりしていること自体が催眠術にかかっている証である。 宗教者や、哲学思考に耽ける癖のある人間が陥りやすい現象であり、そういう人間はすぐに催眠術にかかる。要するに信じやすい体質なのである。 本当に覚醒している人間は、現実と夢との間を行き来しながらも自分を見失わない人間である。 カポネなどは、そういう点では最も覚醒した人間かも知れない。 自分が覚醒している、若しくは覚醒しかかっていると思い始めた人間が実は、最も意識が眠っている状態であり、程度の差はあっても、ほとんどの人間が、自分は優れていると内心思い違いしている。 本当に優れている人間、本当に覚醒している人間は、余りの自己の卑小さを自覚していて、それが真の覚醒なのだ。 アインシュタインが、「自分は何も知らなかったということだけを知った」と言ったそうだが、それが真の覚醒である。 形而上学的世界に居る人間が陥りやすい欠点である。 トミーはシナゴーグに通う敬虔なユダヤ教徒だ。だから催眠術にかかりやすいことをカポネは修羅場を踏んだ経験から直感的に分かっているのだ。 「頭だけで考える奴は、これは体質だから、死ぬまで変わらない。体だけで考える奴も死ぬまで変わらない。俺たちのような修羅の世界にいても、体だけで考える奴は大物にはなれねえ。やはりバランスが良いかどうかだ」 ボブは、カポネを改めて見直した。 『どこかの宗教者よりも、哲学者の偉い先生方よりも、アルの方がずっと覚醒している』 そうこうするうちに、トミーが喋り出した。 「わたしは、・・・・・・・・」トミーの告白が始まった。 「わたしは今、シナゴーグの中で儀式に参加しています。このカシュルートという儀式は大昔からタルムード・ユダヤ教の教えに基づいて為されてきたもので、本来は異邦人の男の子供を生贄にしてきたものですが、今では羊がその身代わりになっています。しかし、ヤコブ・シナゴーグは今でも異邦人の子供を年一回のカシュルートで生贄にしています。 わたしは、カンサス州カンサスシティーの出身でトーマス・ブラウンという名前のロシア系ユダヤ人です。 サンフランシスコ市長のジーン・ブラウンはわたしの兄で、市長に当選する前はミズリー州のカンサスシティーにあるコーチャン社に勤めていましたが、カリフォルニアが大農業地帯になるのを見越してサンフランシスコ市長にコーチャン社のバックアップで立候補して当選しました。わたしもカリフォルニアのサリナスで野菜の栽培をしていたジェイコブ・ベネディクトの下で穀物ではなくて野菜の仕事をして、穀物と野菜の全米ビジネス戦略の一環としてコーチャン社の傘下に入りました。 しかし、ジェイコブが死んだことでカンサスシティーに戻ろうとしたら息子のボブ・ベネディクトが穀物のビジネスを始めるというので共同事業することになったのです。 ところが、このボブ・ベネディクトが若いのにGo-Getter(やり手)で、コーチャン社の戦略の大きな障壁になってきたのです。 わたしはジェイコブの息子であるボブには愛着があって悩みましたが、大きな力には敵いません。結局ボブを裏切ることになって、裏で工作活動をするようになったのです」 ボブは、涙を流してトミーの話を聞いていた。 「工作活動とは、具体的にはどのようなことですか?」 マークが訊くと、トミーは苦しそうだった。 「もうそれ以上いいじゃないか。ねえアル!」 ボブはトミーの様子を見て、いたたまれなくなってしまった。 「ボブ、そこがお前のいいところだが、それが命取りにもなる。ここは我慢して鬼になるんだ」 カポネはそう言って、マークに合図をした。 「工作活動を、具体的に言いなさい!」命令口調でマークが言うと、トミーはピクッとして、話し始めた。 トミーの話を聞いているうちに、さすがのカポネも顔が真っ青になるような話がどんどん出て来て、部屋の中は騒然としてきた。 「おい、ドクターに電話をしろ!」 カポネは焦ったような口調でリーダー格の大男に命令した。 |