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第二十二章 精神性の向上 宇宙のすべてはエネルギーの形態が変位した現象であることを忘れてはなりません。 このことが、他のすべてに優先する真理です。 前章でお話したややこしいドとかミとかいうのも、結局はエネルギーがある条件の下での変位した形態を表現しているだけのことです。 別に七の法則でも五の法則でも何でもいいのです。要は分かりやすく表現する方便として使っているだけのことです。 エネルギーがあっちこっちで自在に変化(へんげ)している、その中で人間が現れたり、神が現れたり、悪魔が現れたりするという方便を使っているだけのことで、エネルギー自身からしたら、何をややこしいことを言っているのだ、高いところから低いところへ落ちるように、エネルギーである自分が位置を移動しているだけのことではないか。と思っている。 そこで、エネルギー自体が場所によって、濃くなったり、薄くなったりする。適切な表現方法がありません。密度の差が生じると言った方がいいでしょうか。 密度の濃いところは、それだけ変位する頻度が多い。つまり運動量が多い。 密度の薄いところは、それだけ変位する頻度が少ない。つまり運動量が少ない。 何でもそうですが、運動を多くするとエネルギーの消費が多いから熱が多く出る。 その熱が、エネルギーの形態を結晶化する、つまり整理整頓する。 分かりますか?この意味が。 エネルギーは本来、宇宙のいたるところに無秩序に遍在しているのですが、ある目的と言うか(とにかく言葉で表現するには限界があって根本的には表現は不可能です)、何か分かりやすい喩えで言えば、うんんん・・難しいですね言葉で説明するのは。 そうだ、たとえば心臓が動いています。心臓は勝手に動いていますが、ある目的を持って動いていますね。血管に血を送るポンプの役割のために動いていますが、それは人間の意志に関わりなく、ただ動いているだけです。 しかし、何か異常なことが起きると、心臓の動きにリズムがなくなります。そして最悪の場合、動きが止まってしまいます。 宇宙のあっちこっちにあるエネルギーも基本的には、特別な目的もなしに動いているのですが、ある目的を持つと心臓のように決まった動きになる。 エネルギーの動きも基本的には無秩序なのですが、ある目的、心臓で言えば血を送るポンプの機能が明確になると、それぞれの部品が相対性を持ちながら運動するようになる。 そのためには、エネルギーがきっちり整理整頓されていないと、決まった運動が出来ない。そこでエネルギーを整理整頓する。そのことを結晶化するというのです。 雪は、整理されていない形態の水(水はコップに入っていればコップの形になり、川を流れていれば、その川の形になるように、決まった形に整理されていない)の分子がきっちり結晶化されてあのような美しい形になるのです。 水が結晶化されて雪になるためには、潜熱(融解熱)の放出が必要です。 雲という水蒸気が、気圧の差によって蒸発熱という潜熱の放出によって、水に変位して雨になる。 ところが、その雲が気圧の差によって水になるところで、気温が摂氏0度になっていたら水蒸気という雲は昇華熱を放出して直接、氷になる。その氷は結晶化されたもので雪となって雨の替わりに降ってくる。 この潜熱を吸収したり、放出することで水というH2Oの形態が変位する。この潜熱は摩擦によって生じる。 この摩擦熱の存在で結晶化が可能になる。 人間の「想い」もあるエネルギーの変位したものですが、そのエネルギーに摩擦熱が生じると、その熱で「想い」のエネルギーが結晶化する。 「想い」が整理整頓される。 このことを精神性の向上というのです。 「想い」を、摩擦という葛藤により生じた熱で整理整頓することが、精神性の向上を生むのです。 |