第三十四章 病気と寿命

四苦八苦という言葉があります。
四苦とは生老病死のことを言います。
八苦の残りの四つは、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦と言って、愛する者と別れなければならない苦、怨み、憎しむ者と出会う苦、求めたものを得られない苦、五陰とは五蘊とも言って、般若心経というインドの聖者が開いた宗教の教えの根本を表現した短いマントラの中で、色、受、想、行、識という五つの人間が生きているときに感じる物質、精神の感覚を指しているのですが、その感覚に振り回される苦と言っていいでしょうか。
生きるということは、四苦八苦することだと教えているのです。
この聖者は、視点を裏からといいますか、否定的に捉えて表現するので理解されにくいのですが、非常に宇宙の真理を説いています。
どんな人間でも危険な状態より安全な状態におりたいと思うのは人間のみならず、生きるものはみんなそうでしょう。
しかし、死というものだけは避けられません。
それは、わたしたち宇宙の星もそうだし、その「想い」もその法則から逃れることは出来ません。
結局、突き詰めてみれば、死という絶対なるものを避けたいという不可能なことを可能にしたいという空しい想いから、いろいろな苦悩が発生するのです。
空しい想いというのは、空しいことから逃げようとする想いであることを、よく理解して欲しいのです。
この聖者が言った、すべてのものは空(クウ)だと。
空(クウ)とは、何もないことであり、それを表から、肯定的に言えば、すべてであり、遍在することであるのです。
死ぬということは、空になることであり、絶対宇宙と一体になって、すべてになるということなのです。
そうすると、死ぬということは喜びであり、快感であるのです。
男と女の体が、愛して一体になるとき、喜びの快感を得る。その一体感を絶対宇宙とで感じるのは、これ以上の喜びはないわけです。
しかし、その喜びを恐れているのは死んだことがないから分からないのです。
恐れる根本原因は無知から来ているのです。知ったことは怖くないのです。
あなたが夜、ひとりで歩いている。何かうしろからついてくる気配がする、そのときあなたは恐怖感を持つ、ところが、そのついてくるものが分かったら恐怖感は消える。
無知が恐怖の原因であることを理解すると、この四苦八苦は苦でなくなるのです。
病気も四苦八苦のひとつですから、知れば苦でなくなる。そして死ぬということと、病気とは何の因果関係もないということを知ることです。
病気は、車のエンジンのオーバーホールと同じです。金属疲労すれば、部品を交換して、擦り減ったところは埋めてやる、そしてまた新品と同じというわけにはいきませんが、リフレッシュする。それが病気です。
だから病気になるということは、生きるために起きる現象であって死ぬために起きる現象ではありません。
ところが、みなさんは病気が死の原因だと思っている。これは大きな間違いです。
死の原因は寿命なのです。寿命は祝い言葉です。命を全うしたときの祝いなのです。
そうすると病気も死も、苦ではなく、喜びなのだと分かるでしょう。
それを、この聖者は否定的に、生きることは四苦八苦と言っておる。
これが一般のものに誤解される。
生きるということは、危険というワクワクする四喜八喜のエキサイティングな冒険の旅であるのです。
あなたは、いつも安全の中で生きたいですか。それならあなたは死んでいる。
あなたは、いつでも危険の中で生きたいですか。それならあなたは本当に生きている。
生きるということは愛する者と別れる喜び、怨み、憎しむ者と出会う喜び、求めるものが得られない喜び、運命の糸に振り回される喜びなのです。
生きる、すなわち喜びなのだということを忘れないで欲しいのです。
そうすると、死んで、産まれるという肉体の交換が楽しく出来る。ここが大事なところです。