第七章 神の正しい概念

わたしは、人間が言う、いわゆる神ではありません。
地球および地球上に住む生命体をコントロールしている役割をしているだけで、便宜上カミと一家では呼ばれているだけです。神ではありません。
人間が決めた神など宇宙のどこを探しても存在し得ません。
宇宙はあくまで絶対的客観性に基づいた法則に従って運動する世界なのです。
わたしたちの意識を「想い」と言っておりますが、これも便宜上使っているだけで一口には言い表せません。あえて言うならば運動か変化しかないでしょう。
静止しているものには(実際には静止しているものなど宇宙には何一つ無いのですが)何か意識があるようには感じませんね。石や岩を見て意識を感じますか。
しかし動物でなくても植物なら、何か意識を感じませんか。
それは動いていることを感じるからです。変化していることを感じるからです。だからミクロの世界を見てみたら石も岩も動き変化しているのです。
それが、あたかも意識があるように感じるのです、つまり生きているように感じるのです。
だから厳密に言えば宇宙のすべてのものは動き変化している、しかも決まった法則をひとつたりともはずれないで動いているだけなのです。
それを意識だとか「想い」だとか心だとかエゴだとか言っているだけなのです。
だから神など絶対存在しません。自然や宇宙を神と言っているようですが、それも間違いです。
自然や宇宙が在ることは事実です。しかしその自然や宇宙が意識を持っている、しかも人間が考えるような意識を持っているなんて、とんでもない錯覚です。
いいですか。運動なのです。動きなのです。変化なのです。静止しているものは一切ないのです。
では動くのはどうしてでしょうか。
動きには二種類の動きがあります(人間の世界での表現ですが)
人工的な動きと自然な動きがあります。
人間の体が小宇宙と呼ばれているのもここから来るのです。
人間の体には随意的に動く部分と不随意的に動く部分があります。一般的表現で言えば、意識的に動かすことの出来る肉体部分つまり腕や足などがそうですが、それと一日中休むことなく動いている内臓などの肉体部分は不随意的に動き続けています。
しかしミクロの世界を見れば、すべて不随意的に動いていることは明白です。
人間の体は生まれてから死ぬまで不随意的に動き続けているのです。だから意識、心、エゴといったものが在ると思っているのですが、そんなものはありません。
そうすると何故不随意的に、つまり自然に動くのか、それはわたしも、父のヒカリも知りません。多分絶対的実在も知らないと思います。
ただ言えるのは動き変化するのがエネルギーだということです。それならばエネルギーとは何かと聞かれても分かりません。
結局のところ、わたしたち「想い」もエネルギーだということです。物質もエネルギーの塊です。そうすると物質も、非物質つまり意識とか、想いとか、心といったものもエネルギーだから、みんなエネルギーというものだけだということです。
わたしたち「想い」は人間の目には見えないエネルギーなのです。
わたしの肉体である地球も、人間の肉体も目に見えるエネルギーなのです。エネルギーに変わりはない。みんな同じものです。
わたしの言いたいことは、すべてのものの根源は同じもので、唯一つのもの、それをエネルギーと言っているだけです。
だから石も木も草も虫も鳥も人間もわたしたち「想い」もみんな同じなのです。
つきつめてみればみんな仲間なのです。上も下もない同等の仲間なのです。
その中でお互いに動き方が違う、機械の部品がひとつひとつみんな違う動きをするように、人間の動きとわたしの動きとがただ違うだけなのです。
その動きの違いを役割とか使命とか仕事とか堅苦しく考えているだけなのです。
だから人間もわたしも父のヒカリもテンシもみんな同じものだということを理解して欲しいのです。
ましてや神などと勝手に決められて人間に出来ない事を神にやってもらおうなんてあつかましいことを考えないで欲しいと思います。
みんな同じものから出来た それぞれ動きの違うエネルギーというものなのです。
草も虫も人間も神もみんな同じだということを忘れないで下さい。
わたしは、わたしの動きを決められた通りにやるだけです。
神の概念をそういうものだと思ってください。そうすると神とわたしであるカミとのギャップがなくなる、その時初めてわたしは神だと堂々と言えるのです。
今はまだまだ神などと言われるものではありません。ただのカミいう名のエネルギーであって、果たして人間の神になってお役に立てるか自信はありません。
どうしてこんなことを言っているかを良く理解して頂きたいのは、今までわたしも、人間も反省編で申し上げましたように、何か勘違いをしておった、しかもそんな難しいことでもない簡単なことを返ってややこしくしていた、そんな感じがするのです。
だから改正編では、この簡単な真理をまず知って頂きたいために、こうやってぐずぐず言っているのです。
まだ何をすべきかも分かっていないし、ましてや何をすべきかも分かっていない現状がわたしと人間との関係であって、人間の時間感覚だったら気の遠くなるようなこれからです。