第十五章 持続力

大きな目標・夢を持ち続けることが大切だと言いました。
ほとんどの人間が若い頃には持っていた目標・夢が、年齢を重ねるうちに無くなっていくのです。自ら捨てていくのです。何故でしょうか。
持続力が無いからであります。持ち続けることが出来ないからであります。
それでは、持ち続けることが出来る為には、どうしたらいいのでしょうか。
何故、何時、あなたは自分の目標・夢を持ち続けることを止めたのですか。憶えていますか。多分憶えていないと思います。
無意識のうちに、目標・夢を捨てているのです。
しかしきっかけは必ずあったはずであります。思い出そうとすれば出来るはずであります。思い出そうとしないからであります。思い出すのが嫌なのです。嫌な思い出なのです。
やはり、その時、自分の中で無数の虚像と独りの実像との間で相克、葛藤があって、無数の虚像が、実像を打ち負かしたのです。そのことが嫌な思い出となっているのです。なぜ嫌な思い出かと言いますと、実像が打ち負かされたのは、実像に対する信念、確信がなかったからです。
あなたが、複数の人間と恋に陥ちたとしましょう。複数の相手から、誰が本当に好きなのだと迫られたら、あなたは答えることが出来ますか。出来ないはずです。
何故なら、複数の人間と恋に落ちること自体、あなたには、自分の実像に対する確信が無いからです。ある自分はこの相手が好きだ。また別の自分はあの相手が好きだといった具合になっているのです。しかし本当の自分は独りしかいないのです。
その本当の自分が、複数の人間と恋に陥ちたら、あなたは、はっきりと答えることが出来るはずです。みんな好きだからだと。
しかし、あなたは答えることが出来ないでしょう。
それは本当の自分に対する確信が無いからであります。
それは、本当ということ、事実ということを受け止めることが出来ないからであります。もちろん出来ないのは、無数の虚像が嫌だと思っていて、あっちでもこっちでも、とにかく無数なのですから、嫌だ、嫌だ、とうるさくて仕方ない。独りの本当の自分の声など、その騒音の中で完全に消されてしまっている。無数の騒音に耐えることが出来ないからではないでしょうか。
ひとたび、無数の騒音の中の一つを選べば、騒音は、すっと消えてしまいます。
一瞬の静寂に戻ります。その時、あなたは、ほっとする。気持ち良さが戻る。
その誘惑に耐えることが出来ないのです。
麻薬の中毒患者とまったく同じことなのです。彼らは禁断症状が出るまでは、一瞬の静寂の心地良さに浸っているのです。その時には、今度、禁断症状が出ても、絶対に我慢しようと思っているのです。しかし我慢できないのです。その繰り返しを続けているだけです。結局、彼らは自力で、その悪循環の繰り返しから脱出できずに、廃人になるか、つまり人間を捨てるか、それとも他人の力を借りて、つまり病院に入って、悪循環を絶ってもらうしかないのです。
悪循環のベクトルを善循環のベクトルに修正するには大きなエネルギーが必要です。このエネルギーが耐える、持ち堪える力なのです。
電気を起こす時でも最初は、大きな力を必要とします。起動電力、起電力とも言います。いったん起こると、もっと少ない力で電気をつくることが出来るのですが、最初ゼロから、電気を起こす時は、より大きな力が要るのです。
ましてやゼロではなく逆方向に物凄い速度で回っているものをいったん止めて、更に逆方向に回すことは、莫大なエネルギーが必要です。
このエネルギーが耐える力、堪える力なのです。
エネルギーの大きさという点ではこの耐える力が最大級のものでしょう。