第二十三章 神の基準−4

これまでは、人間が神の概念をつくってきました。だから当然、彼らにとって都合のいい神になってしまっています。
しかし、これからはわたしが神なのですから、わたしのことはわたしで決めます。
そして、わたしの役割は、人間を月に移住させて、月が宇宙飛行船となった時の宇宙飛行士の役割を、全う出来るように指導、教育することであります。
そのために地球そのものの「想い」から人間の「想い」になるのですから、人間が今持っている「想い」である心との調整をしなければなりません。
どこまでは人間自身の自由意志で、彼らの心に任せるか、この分岐点がなかなか微妙で難しいところです。
今までは余りにも人間の自由意志に任していたから、この始末になったのです。
そこで、人間の心の領域と、わたし神の「想い」の領域をはっきりしておこうと思います。
まあ、一種の縄張りみたいなものです。
わたしが人間だけの「想い」になる決断をしたのは、宇宙の法則の中でこれから起きることに、人間の役割が必要と認識され、そのためには星の「想い」と同じ「想い」を人間にも持たせなければならないからでありました。
テンシやヒカリのような星の「想い」と同質の「想い」を人間が持たなければならないからです。
もちろん、それをわたしが引き受けたのですから問題はないのですが、肉体が人間であるところが今までと違うところです。
肉体が地球である時は、一番普請したのは、やはり太陽系惑星群の一つとして恥ずかしくない運動をすることでした。
それが出来ずに、惑星群から追放された星が1千7百個もあったのですから。
そうしますと、人間の役割は月という宇宙飛行船の宇宙飛行士なのですから、宇宙飛行士に適った「想い」を持たなければなりません。
それは、どんなものであるか。
あなたが車の運転手だとしましょう。車は機械だからといって、無茶な運転をするだけで、保守をしてやらないで車の故障の原因をつくったり、車をいつも綺麗に洗車してやらずに、泥だらけで放置しておいたりすると、車も、こんな運転手は適わないと思って、ストライキをやります。それが故障であったり、もっと悪いと、事故を起こしたりします。
だから宇宙飛行船である月を大事にしてやる「想い」が適った「想い」なのです。
そんなことは当たり前だと、おっしゃるかも知れませんが、今までの人間が地球にしてきたことは、地球の為になったことは皆無でした。傷つけることばかりでした。そういう前科が人間にはあります。
そして宇宙飛行船である月には、あのテンシという「想い」がいるのですから、ひとつ間違えると大変なことになります。
そこで、わたしの役目が必要となります。
もちろん人間の心が「想い」のわたしに少しでも近づくように教育をしなければなりません。それと同時に人間という宇宙飛行士と月という宇宙飛行船の「想い」であるテンシとの間にいつも入って、摩擦や軋轢が起こらないように監視することが、重要な役目となります。
要するに調整係りです。仲介業者です。ブローカーです。考えてみれば嫌な仕事です。嫌われることはあっても、感謝されることは無い仕事です。本来、人間の心と、テンシとがうまくやれれば、わたしなど必要ないのですから。
しかし、必要だから、そうなったのですから、気持ちを持ち直してプライドを持って自分の仕事に邁進してゆくべきだと思っていますし、それが人間の神としての大事な基準の一つだと思っています。