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第八章 新しい人間の基準−2 「想い」の重さが人間の新しい基準として一番大事だと言いました。 結局、それが人を喜ばす基礎能力となるのです。 肉体で言ったら基礎体力に当たると思います。 基礎体力と言っても、筋力、内臓力、精神力などがあります。 人を喜ばす基礎能力の、筋力は決断力でしょう。 内臓力は持久力、忍耐力に当たると思います。 精神力に当たるのが勇気、正義感、使命感ではないでしょうか。 筋力を強くするには、外的鍛錬が必要であります。 内臓力を強くするには、長期にわたる、規則正しい生活・食生活の持続が必要です。 精神力を強くするには、筋力・内臓力の強化に加えて、艱難辛苦を味わい、それを乗り越えてきた経験が必要となります。 そうしますと、基礎能力をアップするということは、決断力、持久力、耐久力、勇気、正義感、使命感というものを強化する努力が必須であります。 そこで、本章では勇気について述べてみたいと思います。 勇気は、基礎体力面で言えば、精神力だと言いました。 そうしますと、勇気を持つには、筋力、内臓力の強化に加えて、苦労、苦痛を乗り越えてきた経験が必要だということになります。 ここが度胸と誤解する微妙な点なのです。 度胸は体力で言うと、筋力にあたります。もちろん無いよりはあった方がいい場合もあります。ただ問題は筋力だけに頼って、苦痛の経験を乗り超えてきた経験がないから、自分よりも筋力の強い相手に出会うと、途端に臆病になってしまう弱点があります。自分が有利な状況にあると、相手をなめた態度になる。自分が不利になった途端にびくびくしだす。これが度胸のある人間の特性です。 畜生がまったく同じ特性を持っています。自分と相手が対峙すると、まずどちらが強いか、お互いに品定めをする。そして自分の方が強いと分かると、急に襲いかかる。 相手の方が強いと分かると、仰向けになって、自分の腹を出して、降参の態度を表明します。度胸の本質は、この畜生の特性と同じであります。 暴力団のちんぴらがまさにこの類の典型でしょう。 勇気というのが、筋力でなくて、精神力だと申しあげたのもここの違いを言っている訳です。 勇気というのは、常に日常生活を律し、規則正しい生活、食生活をし、筋力を鍛えることもして、しかも苦痛を乗り超えてきた経験から、人の痛みを知って、思いやりがあり、むやみに、度胸のある人間のように強がらないで静かだが、いざという時は、命を賭けることも辞さない「想い」なのです。 ある意味で、人間が生きていく上で一番大事なものかもしれません。 正義感、使命感とちょうど表裏一体になっていると言ってもいいでしょう。 正義感、使命感が表で、それを裏から支えているのが勇気だといっていいでしょう。 正義感はどちらかと言うと先天的なものです。 使命感は後天的なものでしょう。 まず先天的に正義感が強く、その後の日々の努力で筋力、内臓力を強化し、つまり健全かつ頑健な肉体を持ち、それをベースにいろいろな経験を乗り越えていく過程で勇気が発露し、そして使命感が生じる。 ここまでを、通り過ぎることは、並大抵の人間では出来ないことです。 それだけ重要人物に値する人間だと言えるのではないでしょうか。 |