第一章 三つの死

我々人間だけに想いのギャップ(分裂症状)が生じた結果、
思っている(願っている)ことと、行動していることに、常に矛盾が生じる。
つまり、
想いのギャップ(分裂症状)こそ、五感の潜在能力の発揮度の差に他ならないのである。
我々人間は、
完全(完璧)な記憶であれば、夢を観ることはない。
我々人間は、
不完全(不完璧)な記憶だから、夢を観るのである。
言い換えれば、
我々人間は、
潜在能力を100%発揮すれば、夢を観ることはないのである。
ところが、
我々現代人は、ますます、寝ても起きても、意識を眠らせて生きている。
言い換えれば、
我々現代人は、ますます、視力を弱めているからである。
ではなぜ、
我々現代人は、ますます、視力を弱めているのか?
そのヒントは、
肉体全部(五臓六腑及び五感全部)が覚醒していることを完全(完璧)な生と言う点にある。
逆に言えば、
肉体全部(五臓六腑及び五感全部)が覚醒していないことを不完全(不完璧)な生と言う点にある。
言い換えれば、
肉体の一部(五臓六腑の一部、若しくは、五感の一部)でも眠っていることを不完全(不完璧)な生と言う点にある。
従って、
超対性の死とは、
完全(完璧)な死のことである。
従って、
絶対性の死、相対性の死とは、
不完全(不完璧)な死のことである。
ところが、
我々人間は、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))=不完全(不完璧)な死
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))=不完全(不完璧)な死
→ 
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
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という振り子運動を一生(一日と一年)と捉えてきた。
つまり、
超対性の死(極(pole)=2π(360度))=完全(完璧)な死
が欠落した一生(一日と一年)を送ってきたのである。
では、
超対性の死(極(pole)=2π(360度))=完全(完璧)な死
とは、何なのか?
逆に言えば、
肉体および五感全部が覚醒していることを完全(完璧)な生と言うのである。
従って、
超対性の死とは、完全(完璧)な生と、完全(完璧)な死のことに他ならない。
絶対性の死、相対性の死、超対性の死の実感のヒントがここにある。
従って、
超対性の死(極(pole)=0π(0度))
→ 
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
は生への準備期間に他ならないのである。
従って、
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
→ 
超対性の死(極(pole)=2π(360度))
は死への準備期間に他ならないのである。
まさに、
吐く息=絶対性の死
合間=超対性の死
吸う息=相対性の死
が収斂された象徴に他ならないのである。