第十章 (映像)理論と反(映像)理論

実在と映像の関係は、正物質と反物質の関係に他ならない。
逆に言えば、
正物質と反物質の関係は、実在と映像の関係に他ならない。
従って、
どちらが正物質で、どちらが反物質かに拘ると、実在と映像の関係を理解することができなくなる。
一方、
実在と映像の関係を理解すると、どちらが正物質で、どちらが反物質かに拘ることがなくなる。
だから、
我々人間は、実在と映像を逆さまに錯覚しているのである。
だから、
我々人間だけに、
“生が好くて、死が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
そして、
“善が好くて、悪が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“オスが好くて、メスが悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“強が好くて、弱が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“賢が好くて、愚が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“富が好くて、貧が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“幸福が好くて、不幸が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“天国が好くて、地獄が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“神が好くて、悪魔が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“健康が好くて、病気が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“支配者が好くて、被支配者が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
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だから、
人間社会は、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる社会
差別・不条理・戦争を繰り返す社会
になったのである。
結局の処、
我々人間にとって、
正物質が反物質であったのである。
そして、
反物質が正物質であったのである。
まさに、
我々人間社会は逆さま社会に他ならない。
まさに、
相対性理論は、映像理論である。
そして、
超対性理論は、反映像(実在)理論である。