第四十四章 量子論を超える

現代物理学、天文学では、
相対論と量子論が基本にある。
ところが、
相対論と量子論は真っ向から対立している。
言い換えれば、
マクロ理論(相対論)とミクロ理論(量子論)とは真っ向から対立している。
なぜならば、
ミクロ理論(量子論)は実在性を追求しているからだ。
言い換えれば、
ミクロ理論(量子論)は暗闇の世界を追求しているからだ。
一方、
マクロ理論(相対論)は映像性を追求しているからだ。
言い換えれば、
マクロ理論(相対論)は光の世界を追求しているからだ。
ところが、
ミクロ理論(量子論)の方がますます有利になってきている。
言い換えれば、
マクロ理論(相対論)の方がますます不利になってきている。
従って、
二十世紀がマクロ理論(相対論)の世紀なら、二十一世紀はミクロ理論(量子論)の世紀になるだろう。
なぜなら、
量子論とは、
粒子と波動の二面性を追求する学問であるからだ。
一方、
相対論とは、
粒子若しくは波動の一面性を追求する学問であるからだ。
つまり、
量子とは、粒子(静止)でもあり、波動(映像)でもある漠然とした集まりの存在であるものを指している。
だから、
量子論では、
位置(静止状態)と速度(運動状態)を同時に決定することはできないと主張するのである。
まさに、
位置(静止状態)が実在であり、速度(運動状態)が映像である証明だ。
ところが、
量子論では、
位置(静止状態)が実在であり、速度(運動状態)が映像であるという捉え方をしていない。
まさに、
相対性理論(運動理論=物理学)は、映像理論である。
そして、
超対性理論は、事実(実在)である。
つまり、
ミクロ理論(量子論)の究極に超対性理論がある。
ところが、
ミクロ理論(量子論)とマクロ理論(相対論)のギャップより、ミクロ理論(量子論)と超対性理論のギャップの方が遥かに大きい。
なぜならば、
ミクロ理論(量子論)とマクロ理論(相対論)のギャップは同じ次元の程度の差に過ぎないが、ミクロ理論(量子論)と超対性理論のギャップは次元の差だからである。
従って、
二十一世紀に生きる我々人間は、ジャンプする(超える)しか道はないのである。