第五十五章 超える世界とは?

何も見えない。
何も聞こえない。
何も匂わない。
何も味わえない。
何も触れない。
すなわち、
五感の全く感じない世界を想像したことがあるだろうか?
言い換えれば、
意識のまったくない状態と言っていいわけだ。
更に言い換えれば、
心や魂や精神のまったくない状態、つまり、感情のない状態と言っていいわけだ。
つまり、
五感の全く働かない状態、つまり、感じない(感情のない)状態で考えることは不可能なのである。
従って、
感情(五感)が先ずあって、その次に思考(脳)があることは明白である。
ところが、
感情(五感)が働いていない状態でも、五臓六腑がまだ動いていたら、我々はまだ生きているのである。
まさに、
"運動の光と音と臭と味と感触の世界"とは五感の働いている世界(感情のある世界)のことに他ならない。
言い換えれば、
"運動の光と音と臭と味と感触の世界"とは自我意識(“自分は・・・”と想うエゴ)の世界のことに他ならない。
一方、
"静止の暗闇と沈黙と無臭と無味と無感触の世界"とは五感の働いていない世界(感情のない世界)のことに他ならない。
言い換えれば、
"静止の暗闇と沈黙と無臭と無味と無感触の世界"とは自我意識(“自分は・・・”と想うエゴ)のない世界のことに他ならない。
ところが、
どちらもまだ生きている世界である。
言い換えれば、
完全植物人間と不完全植物人間の違いであって、どちらも生きている状態には変わりない。
まさに、
輪廻転生説(肉体は死んでも魂は永遠)が逆さま(魂は死んでも肉体は永遠)であることの証明だ。
そして、
死の真の意味のヒントがここに隠されている。