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第十八章 十七条憲法―17 「十七に曰く 大事は独り断ずべからず。必ず衆と与(とも)に宜しく論ずべし。小事はこれ軽し 必ずしも衆とすべからず、ただ大事を論ずるに逮(およ)びては、若し失あらむこ とを疑う。故に衆と与(とも)に相弁ずるときは、辞則ち理を得む」 国家の大事は決して独断してはならぬ。必ず衆人と合議せよ。尤も些細なことは、必ずしも、いちいち衆議にかけなくともよろしい。ただ大事を論議するに当たっては、過失があってはならぬから、衆とともに十分論議を尽くせば、筋道が立つであろう。 ここで太子が言っておられる小事と大事の判断が一番の問題であります。 結局、第一条で和を以って貴しと言われているが、全部が全部、話し合い、合議のもとでせよとは言っておられない。 国家が揺るぐような大事はよくよく話し合いをすべしと言っておられるわけで、普段の業務は、各々の自己判断でやるべしと言っておられる。 第一条と第十七条で、結局のところ、指導者が指導者たる所以は何処にあるかを指摘されておられる。 昨今の指導者は、小事でも、自分で判断出来ず、決断も出来ない者たちが多い。 そして、みんなで合議して決めようと格好をつける。そして結果に対して責任を取ろうとしない。 このような合議制を太子は言っておられるのではないのであります。 逆に考えれば、よほどの大事でない限りは、指導者は自己判断で決めよと言っておられるように思えてなりません。 以上で聖徳太子の十七条憲法の現代風の解釈を終わりますが、ここで申し上げたいのは、太子が良く使われる言葉に官と民もしくは百姓という言葉が多いことであります。特に民と百姓を、たくみに使いわけをしておられる。 しかも、たしかに百姓は一番末端であることは言うまでもないのですが、その百姓から信や礼をなくしてしまうと、国は治まらないとまで断言しておられる。 それほどに、聖徳太子にとって百姓という言葉は、国を治めるに重要なものであったと思われます。 その百姓という言葉が昨今では差別用語となっている。 それでは、聖徳太子の十七条憲法自体が死語になってしまう恐れがあります。 今一度、日本のやまと言葉を十分に検証してみる必要があるのではないでしょうか。 |