第十九章 敬語と丁寧語

世界に五千以上あると言われている言語の中で、日本語が極めて珍しい部類に入る理由に敬語と丁寧語の使い分けがあります。それから男女の言葉が違います。
国際的に一番よく使われている英語にも、敬語や丁寧語はまったくないわけではありませんが、極めてあいまいであります。
たとえば、「わたしは行く」という言葉は英語では「I go」で、あえて敬語にするなら「I do go」でしょう。
これでは男性か女性か分かりません。「He gose」で男性。「She goes」で女性とやっと分かります。
それが「行く」と話す相手に敬語か丁寧語を使うとなると、「わたしは行きます」と「行く」を「行きます」とすれば分かる。基本的に語尾に「ます」を、つければ敬語になる。そして男性か女性かは、「わたしは行きましょう」となれば男性だと分かるし、「わたしは行きますわ」となれば女性だと分かる。英語のようにいちいちHeやSheを使わなくても分かる。
この日本語の特徴である「ます」「です」を使う敬語が失われようとしています。
最近の学校では生徒が先生に話しかける言葉にこの「ます」「です」が使われなくなっている。「そうです」と言うべきところを「そうだよ」と男女ともに使っている。
一体、この現象はいつごろから起きだしたのか。
あきらかに、マスメディアによる影響だと思われるのです。特にテレビの影響が大きいと思います。
同じ放送局でニュースキャスターはきれいな敬語と丁寧語を使ってはいる。ところが、その後の番組になった途端、いろいろなタレントやプロのスポーツ選手と入り混じって出てくるキャスターになると、まるでみんな友達同士の言葉になっておる。
またその方が親しみが湧くだろうという番組制作の意図もあるのでしょうが、こういった番組が氾濫していたら、そのテレビを見ている子供たちの言葉使いも影響を受けてくるのは当然であります。
現在の親たちが子供の世代の頃から、こういった傾向の番組が氾濫しだした。
その中でも東西漫才あがりのタレントが、スーパースターになって映画スター顔負けの、自分の番組を持ち、言いたい放題のことを言っておる。そういった番組しか子供たちは見ない。
こういった子供たちが、このまま人の親になったら、いったいこの国はどうなってしまうのだろう、と心配いたします。
テレビの影響はますます強くなっていくでしょう。
自主的に放送局が、こういった点に配慮した番組制作をしてくれるようになるのが一番だと思いますが、ある程度は法規制も必要かも知れません。
差別用語は、各放送局マニュアルを持っており、非常に神経をとがらしておるわけです。それなら差別用語だけではなく、日本人の心のスピーカーである日本語の良き伝統を、後世に伝えていく努力にも神経をとがらして欲しいものだ、と思うのであります。