第二十章 母国語

その国の言葉を母国語と呼びます。英語でも Mother Tongue(母の舌)と言われるように、女性特に母親からの躾による言葉が基本になっているのです。
その日本の女性の言葉で、代表的なのが「お」をつける言葉であります。
どんな言葉でも、前に「お」をつけますと、相手を敬称する意味になるのです。
それが、どうして女性に多く用いられるようになったのか、よく分かりませんが、日本語には、元来「あなた」という言葉は、相手を軽蔑したり、侮辱するときに使われる言葉であって、裁判で原告が被告に「あなたは」を連発しているのは、裁決が出ていない限り、被告ではあっても罪人ではない相手に罪人扱いをしておるからであります。
なぜ「あなた」という言葉を引きあいに出したかといいますと、「あなた」という言葉を相手に直接吐くことは失礼になることから、「お」という言葉が使われ出したからであります。
たとえば、訪問客が来られて、玄関を上がられる時に、奥方が、訪問客の帽子をあずかる際に「あなたの帽子を」とは決して言わないのであります。
ただ「お帽子を」と言うだけで、事足れりなわけです。
特に、男女同権の歴史が短い、我が国では、永い間の女性に対する良い意味でも、悪い意味でも「縛りつけ」があったために、言葉の使い方にも大いなる制限がありました。
それだけに、母親の躾が、その後の子供の教育に多大なる影響を及ぼしてきたわけで、「お」の使い方すら分かっていない、最近の母親では、まともな躾が出来るはずもないのです。
先だって、ある料亭で食事をした後、帰る際、玄関で若い仲居さんが、わたしに「お靴は」と言われました。
まだ二十才そこそこの女性でしたが、「お客さん、あなたの靴はどれですか?」とは言われなかった。
やはり、こういった商売の世界では、きっちりと躾がされているなと感心いたしました。
外の公の世界では、この日本語の伝統は守られているのです。
守られていないのは、家庭の躾であります。
これは、教育制度をいくら改善しても、何の効果もありません。
家庭生活そのものに、メスを入れるしかないのですが、これはプライバシーの侵害になる。
しかし、その家庭生活という、侵してはならないプライバシーの中に、堂々とずかずかと土足で踏みこむことの出来る怪物がいるのです。
それがテレビというものであります。
このテレビの影響力を、世界諸国の政府は十分に認識している節があります。
一番自由なアメリカでさえ、子供に悪影響を与える言葉や場面はすべてカットしております。開発途上国のテレビ放送などは、極めて放送の制限を加えております。
その中で、放送局がやりたい放題やっておるのが、日本であり、視聴率を上げるためには手段を選ばないやり方は目を覆うばかりであります。
自由を謳歌することは、たしかに幸せなことではありますが、自由も行き過ぎると、人に不幸を与えることになる危険性を孕んでいることを決して忘れてはならないと思います。