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第二十五章 古事記と万葉集 古事記は、日本の古代の歴史について、稗田阿礼が語ったことを、太安万侶が漢字を使って文字に写したものであります。 阿礼の語ったことは、いわゆる日本語でしたから、それを安万侶は漢字の音・訓および両方に当てはまらない場合は、無理やり意味づけしたりしながら、記録していったものであります。 ここは音読みせよ、ここは訓読みせよといちいち指示をしている変わった本であります。 その古事記の冒頭を検証してみたいと思います。 天地初発之時 於高天原成神名 天之御中主神(訓高下天云阿麻下効此) 次高御産巣日神 次神産巣日神 此三柱神者 並独神成坐而 隠身也 次国稚如浮脂而 久羅下那州多陀用弊流之時(流字以上十字音) 如葦牙因萌騰 之物而成神名 宇摩志阿斯可備比古遅神(此神名以音) 次天之常立神(訓常云 登許訓立云多知) 此二柱神亦 独神成坐而 隠身也 あめつちの はじめてひらけしとき たかまのはらになれるかみのなは あめのみ なかぬしのかみ つぎにたかみむすひのかみ つぎにかみむすひのかみ このみはしらのかみは みなひとりかみとなりまして みをかくしたまひき つぎに くにわかく うきしあぶらのごとくして くらげなす ただよへるとき あしかびのごとく もえあがるものによりてなれるかみのなは うましあしかびひこじのかみ つぎに あめのとこたちのかみ このふたはしらのかみもまた ひとりかみとなりまして みをかくしたまひき この後で ひら仮名で書かれている音を、稗田阿礼がことばとして憶えていたのでありまして、それを漢字で無理やり、こう読むのだと押しつけた訳であります。 つまり、表音という言葉であったものを漢字で無理やり表意化かつ表音化したのが古事記であるのです。 古事記から、約100年後に万葉集が生まれるのですが、このときも、表音的漢字になっており、詩でありますから表音的でないと文学的価値がない訳です。 しかし万葉集では一字一音主義で書いてあり、古事記ではあった表意性はなくなり、はるかに表音的になっております。 田児之浦従 打出而見者 真白衣 不尽能高嶺余 雪波零家留 たごのうらゆ うちいでてみれば ましろにぞ ふじのたかねに ゆきはふりける このようにして、当時の日本語の音を記録するために、漢字の音・訓・無理づけなどの方法によって、それまで正式な文字のなかった日本に言葉という音を字にする努力がなされたのは、この古事記から万葉集の時期であったと思うのであります。 ただこの努力の結果、言葉と音とのあやふやさ、いいかげんさを残した。 それが現代の日本語にも尾を引いておると思います。 たとえば 「言」という漢字があります。 音読みとしては「ゲン・ゴン」です。 訓読みとしては「いう・こと」です。 しかし当用漢字で「いう」と読める漢字は「言」の他に「謂」「曰」「云」などがあります。 とくに現代人にとって使い分けに困っておるのが「はじめ」という言葉であります。 「初」と「始」であります。他に「甫」「首」「創」などがありますが、現代人はほとんど使いませんが、この「初」と「始」の使い分けすら明確に知っておらないのが現実であります。 この日本の七世紀から九世紀にかけて文字としての日本語が確立していく中で、やはり最初の文字として外国の漢字を導入したのが、この日本語の言葉と文字とのあやふやさ、いいかげんさを生んだのは疑いのない事実であります。 だからといって、それ以前にあった、縄文人のアヒル文字やエビス文字を、今更引っ張り出してくるわけにもいきません。 前章で申しあげましたように、これから世界の言語が収斂されていく中で、漢字と仮名の使用目的を明確にしておく必要があるのではないかと思うのであります。 |