第三十一章 随筆・徒然草

古典随筆の三大傑作と言えば、清少納言の枕草子、鴨長明の方丈記、そして吉田兼行の徒然草であります。
わたしも、随筆を書いておりますから、その精神状態が何となく理解できる気がするのであります。
世間を斜に構え、冷めた目で見ていながらも、煩悩に苛まれながら日々を過ごしていきますと、今まで思ったこともないような新鮮な発想が、湧き出てくるのであります。
枕草子は、清少納言という、高い位にいた薄幸な女性が、やはり世間を冷めた目で見ている随筆ですが、同じ人間ではありましても、男性と女性では、まったく異質な人種であるような気がするわたしは男性であるが故に、どうしても徒然草に惹かれるのであります。
特に序段で、

つれづれなるままに、日くらし、硯にむかいて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ

現代語訳するまでもないでしょうが、硯の替わりにパソコンを前にして、世間へのいろいろな想いを書き綴っていますと、不思議なほど、いろいろ感じるものがあるのです。
徒然草は、ちょうど後醍醐天皇の末期、すなわち南北朝時代に入った1336年より5年前の1331年に、吉田兼行によって書かれた随筆であります。

第十七段に、

山寺にかきこもりて、仏に仕うまつるこそ、つれづれもなく、心の濁りも清まる心地こそすれとありまして、出家して俗世間を離れて山寺にこもって、仏を信じて仕えてきたことが、馬鹿馬鹿しくなってくると、かえって心の垢も取れ、心が清まっていく境地になるものだ。

と言っているのであります。
ここで言っていることも、俗世間にいても、また出家して俗世間から離れても、つれづれもない心の状態でさえあれば、同じ境地になれると言っているのであります。
本の題になっている、徒然(つれづれ)草とは、草木と同じように自然のあるがままの状態にいる、ということを意味しているのです。しかし、そうありたいと願うが、なかなか煩悩に日々苛まれて、思うようにいかないと、要は愚痴っておる本が随筆なのであります。
ただ、世間の凡夫が、みな同じ境地で生きているものだけに、共感するところがあるから、多く読まれるのであります。
ところが、近年の書籍の大半は、自分の想いを活字にぶつけて、幼稚なレベルでは気持ちの発散で、高尚なレベルでは警世を目的とした、自己発露のものは、極めて少なく、ただ商業主義のみで書いているものばかりであります。
従って、世に迎合したり、追従したり、扇動したりする本が氾濫しておる、極めて社会現象としては、危険な状態にあると思えてなりません。
こういう現象が起こるには、読者側にも、大いに問題があるからです。いや読者側に問題があるのが、最大の原因であろうかと思います。
それを、見事に表現しているのが、第六段の、

わが身のやんごとなからんにもまして、数ならざらんにも、子というものなくてありなん。
前中書王(さきのちゅうしょおう)・九条(くじょうのおほきおとど)・花園左大臣(はなそのひだりおとど)、みな、族絶えん事を願ひ給へり。

これなどは、まさに現代風潮そのものを言っているように思われてなりません。
この時代は、世間と申しましても、一般大衆のことを言っておるのではなく、支配層の世界を言っておるから、現代で言えば、総理大臣が自分の後を継がせる子がいなくて、やっきになっておる。となる訳です。
当時、鎌倉・北条得宗家による執権政治の終焉の時代であり、名ばかりとはいえ、九条家は源氏の後の、征夷大将軍の地位を与えられていた一家で、現代であれば、世襲議員の最上層にいる一族で、この一族の姓であれば、頭の良し悪しに関わることなく、日本一の帝国大学に入れる。そしてその下に、これも現代の世襲議員の大半を占める、日本の私立大学の雄で、創設者の本意は政治の世界ではなく、経済の世界に羽ばたく若者を教育するものであったのが、今では世襲議員の学歴提供マシーンになってしまっている。こういった、当時とまったく同じ人間の欲の本質を著者は、つれづれなるままに書き綴っているのであります。
そういう観点から、随筆というのは後世に、その時代の実相を伝える非常に重要な書きものであって、歴史書が建前の世相を表現しているのと表裏一体になっているものであります。
そして、我が国の古代からこういった随筆が書かれていたということは、まだこの国は捨てたものではないと思うのであります。