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第三十六章 日本語における漢字の役割 今まで、日本の古代の公式文書や、中世の古典文学を紹介して参りましたが、漢字の果たした役割は、とてつもなく大きいわけです。 奈良時代の末期、つまり八世紀の終わり頃に仮名文字が発明されますが、漢字中心は、明治時代まで、いや極端に言えば、現在においても続いていると言っていいのではないでしょうか。 たとえば、みなさんもご存知の夏目漱石の「虞美人草」は明治41年の作品でありますが、その文字使いをちょっと見て頂きたいと思います。 「随分遠いね。元来何所から登るのだ。」 と一人が手巾(はんけち)で額を拭きながら立ち留まった。 「何所か己にも判然せんがね。何所から登ったって、同じ事だ。山はあすこに見えて居るんだから」と顔の髑躯も四角に出来あがった男が無造作に答へた。 反り(そり)を打った中折れの茶の廂(ひさし)の下から、深き眉を動かしながら、見上げる頭の上には、微茫(かすか)なる春の空の、底迄も藍を漂はして、吹けば遥(うご)くかと怪しまるる程柔らかき中に屹然(きつぜん)として、どうする気かと云わぬ許りに叡山が聳えている。 どうも現代人には、意味の理解以前に読むことさえ困難な文章が、漱石によって書かれているのであります。 漱石の作品は、現代日本の国語教育に最も使われたものでありますが、その漱石の作品すら、こういった文章表現である訳です。 この「虞美人草」の中で使われている、文字使いのむつかしいのを、見てみますと、 栄螺(さざえ)、歩行(ある)き出した、喋舌(しゃべ)り、打突(ぶつか)った、體躯、草臥(くたびれ)た、妙(けったい)な所、瞰下(みおろ)した。 などがあり、ちょっと読めない文字になっているのです。 もちろん、「坊っちゃん」や「吾輩は猫である」になると、文体も大分変わってくるのですが、多分現代の青年たちには、ほとんど現代文にしないと、読めない小説になっていると思うのです。 漢字の本家である、中国では、文盲が今でも半数を超えています。 ところが、彼らは日常会話を難儀せずにしておる訳です。 表意語であり、唯一の国字である漢字を書けなくて、読めない中国人が、どうして日常会話が出来るのか不思議な話しであります。 表意語である漢字でありますが、一般会話を交わしている中国人は、いちいち、その口から発する音の表語性など頭の片隅にもなく喋っているのです。 つまり、表音的に使っている訳です。 中国語と云いましても、数えきれない程の方言がありまして、標準語になっております北京語の他に、上海語、広東語、台湾語、・・・とありまして、その違いは文字の語彙性としての違いではなくて、発音の違いである訳です。 だから、文章にしてしまえば、みんな同じであるのですが、喋ると北京語と上海語では、まったく分からなくなってしまうのです。 その問題を解決するために、漢字の簡略化を、中国政府は推進している訳です。 これは、日本語にも言えることでして、東北の話し言葉と、鹿児島のものとでは、まさに、文字にすれば分かるが、喋っている限り、ちんぷんかんぷんな訳です。 最近、外国人が日本に多く住むようになって、日本語を流暢に喋っていますが、やはり、住んでいる地域の発音になってしまっている。大阪弁やら、東北弁になって、喋っています。 結局、言語と言いましても、表音的なものは、日常生活に密着した地域的色合いが非常に強い、つまり平面的広がりの性格を持っており、表意的なものは、時間という軸を中心に広がり、かつ変化していく性格を持っているのであります。 人種、民族における言語と、地域、時代の推移における言語とが交錯しているのが、言葉であると思うのであります。 この二つの軸が交わるところに、正しい言語の位置づけがあるのではないでしょうか。 |