第四十二章 現代日本人のルーツ

古代日本が縄文文化から弥生文化に変わった紀元前3−4世紀頃から、現在の21世紀にいたる2千五百年間が、現代の日本という国の形態になった期間ではなかったかと言えるのではないでしょうか。
たしかに、それ以前にも縄文文化があり、日本列島はあったのでしょうが、国家の形態は成していなかった、つまり、大陸から見たら、日本列島は朝鮮半島沖の諸島にしか過ぎなかったのだと思います。佐渡ヶ島や隠岐ノ島、沖縄、奄美大島、ひいては、ロシアとの間で領土問題になっている北方四島などと変わらない、ほんのちょっと大きい島程度にしか、大陸からは見られていなかったと思うのであります。
それが、日本という一つの国として独立したきっかけが、日本列島に弥生文化が西日本から入ったからではなかったかと考えられます。
こういったことは、近代に入ってからも起こっております。
アメリカという国がその典型ではないでしょうか。オーストラリアもそうでしょう。
ヨーロッパ大陸より、アメリカ大陸やオーストラリア大陸に入植し、いろいろ紆余曲折を経て今の国家になった訳であります。
しかし、アメリカ大陸には、アメリカンインディアンがいました。厳密には、この言い方は入植したヨーロッパ人から見たもので、インディアンは自分たちをインディアンなどと呼んでおらず、部族ごとに、アパッチ、シャイアン、スー とか言っていたのであります。
オーストラリアの原住民アボリジニもそうでしょう。
同じように、日本列島にも縄文人という原住民が住んでいた。そこへ大陸から朝鮮半島を経由したり、南方地域から日本列島に入植したのが弥生人であり、我々現代日本人の祖先であると考えてよいかと思います。
ただ入植をし始めたのが紀元前3−4世紀で、国家形態になったのが紀元3−4世紀の邪馬台国であったと思います。その間に縄文原住民との摩擦が続き、それを紀元3−4世紀にやっと平定できたのでありましょう。
日本の歴史が、そこから始まる訳であります。
そのことを、一言で表しているのが、天皇家の系図であります。
神武天皇が大和朝廷を起こして2千5百年あまりと言われているのが、大陸の弥生人が入植した時からを指しているのだと思います。
そして、国譲りの物語で有名な話しは、アメリカで言えば、入植したヨーロッパ人が、原住インディアン部族との戦いに勝って、新国家を成立させたのと同じことだと言えるでしょう。
そういう観点から、我が国の歴史を検証してみますと、やはり歴史の改竄をしたと言わざるを得ません。
日本書紀や古事記では、祖先はイザナギ、イザナミから生まれた天照と須佐乃男という姉弟がいて、天照は九州の高天原に、須佐乃男は出雲に分かれたのを、須佐乃男の子孫の大国主の時代に、戦いではなく、話し合いで国譲りをしたと言っておるのは、あまりにも綺麗事過ぎる訳であります。
真相は、縄文原住民の大王・須佐乃男と、弥生人入植者の大王・天照との国盗り合戦であったとしか考えられません。
アメリカの歴史が、ヨーロッパからの独立を以って始まるのと同じで、日本の歴史も、国譲りから始まるのでしょう。
そして、それに伴って言語も、それまでの縄文原住民の言葉から、大陸入植者の言葉に当然変わっていった、それが今、我々日本人がしゃべっている言葉であるのです。
従って、大陸で既にあった漢字が言語の中心になるのは当然のことであり、初期の大和朝廷の頃は大陸語を使っていたはずであります。中国語、朝鮮語などであるはずです。しかし漢字が日本に入ってきたのは、5−6世紀まで待たねばなりません。
しかも、それ以前の天皇家の名前が、およそ大陸語とは思えない発音のものが多く、あきらかに、インドネシアからはじまる南方地域系の言葉であるのです。
我々、現代日本人がしゃべる日本語の音の響きは、南方系のものに極めて近いものと、朝鮮語の発音と近いもののミックスになっておるのです。
わたしは、縄文人のルーツが朝鮮半島からはるか以前に移動してきたもので、弥生人のルーツは南方地域から入植してきたもので、そのミックスが我々日本人だと、最近になって確信を持ちました。
決して中国の漢民族とのつながりは無いと言えるでしょう。
わたしが、世界を回って経験したことですが、どの国に行っても、「お前は中国人か」と聞かれたことは一度もありません。
「お前は韓国人かと、まず聞かれます」
それほどに、彼らにとっては、中国人とは見分けることが出きるが、韓国人とは見分けることが困難なほど、同じに見えるのです。
ところが、日本語も朝鮮語も漢字が基本になっており、そこにハングル文字、仮名が加えられたのは何を意味するのか、よくよく考えてみなければならないと思います。