第四十三章 方言について

現代の標準語について前章でお話しましたが、これは明治維新により首都が江戸すなわち東京に移って、大量の人口移入があった結果、江戸弁という、江戸時代に、武士階級と平民階級とのはっきりした言葉の違いの中で、江戸末期にはこの二つの言葉が収斂されていくのですが、その中で江戸平民だけが使う言葉として残った、言葉としても、アクセントとしても極めて変わった言葉と、地方から流入してきた官吏たちの言葉とが、混在してできあがったものであると申しました。
しかし、この時代より遡ること3世紀から4世紀、つまり室町時代末期から安土桃山時代を経て、江戸時代初期には、すでに各地の方言が明確化されておりました。
関ヶ原の役の4年後に、耶蘇会士ロドリゲスが書いた「日本文典」において、日本各地の方言について、細かい説明がされております。
その要旨を紹介しましょう。

「ある国々に特有な言葉遣いと発音の訛りについて」

日本の国々には国郷談、すなわちある国または地方に特有な言葉遣いがある。
また発音にも多くの訛りがある。これ等のものはこの国語では卑しく且つ有害であるからこれを理解するためにも、またこれを避けるためにも知っておく必要がある。
これについて一般にわたって述べておくべきことは、都およびある少数の国々(五畿内およびその周囲の越前若狭その他ニ、三の国々)を除いた日本の大部分の地方においては、音調や発音が正しくなく、自分勝手に訛って発音することである。
各地域について下記説明する。
(都)
都の言葉は最もよろしく、言葉においても学ぶべきものであるが、都の人々にもある種の発音に二、三の欠点がある。「ず」のところに「づ」と発音し、また逆の発音もする。
水(ミヅ)をミズ、「参らず」をマイラヅと言うが、これなどは正しく発音する人もいくらかあるが、一般的には誤っている。
(中国地方)
この地のものは、発音する時にひろがりを過度にする。口を開いて一種の高い音を出す。たとえば成ルマイをナルマーという。また一般に打ち消しは上ゲザッタ、参ラザッタのように助動詞ザル、ズを用いる。
(筑前博多)
博多のものは一種の非常な訛りがあって、流音のクヮ、グヮをことごとくパに変じ、
過分をバブン、観念をバンネン、菓子をバシ、喧嘩をケンバと発音する。
(関東又は坂東)
三河から日本のはてに至る東の地方においては、一般に語気荒く、鋭く、多くの音節をのみこんで発音せず、かつその地の人々相互の間でなくては理解されぬ独特の語が多い。直接法の未来形には多く助動詞ベイを用いる。参リモースベイ、読ムベイなどである。
打ち消しにはヌの変わりにナイという語を用いる、上ゲナイ、読マナイなど。
習い、払い等の如く、(アイ)で終わる動詞では、(アッテ)を用いる。習うての変わりに習って、払いての変わりに払ってなど。(特に現在でも関西では、物を買うことを、買うて(コウテ)と発音するのに関東では買って(カッテ)と用いられている。)
こういった発音で関東の人はすぐに判る。

異国の人間でも、当時の日本の標準語が京を中心にした上方言葉であることを認識しているのであります。
ところが、現代の日本人は、東京弁を標準語と認識し、上方弁を方言のひとつだと思っているのです。
現在の標準語をどうこうすべきだと申しておるのではないのですが、日本の標準語の変遷はきっちり知っておくことが、日本人の義務だと思うのであります。