第四十五章 日本の近代文化

明治維新後を日本の近代とするのが、一般常識になっております。
確かに、江戸時代の3世紀は、ヨーロッパの世界が近代化を進めている中で停滞したことは事実であると思います。
しかし、わたしの文明に対する観かたは、人類というカテゴリーで括るべきだと確信しておりまして、その点で歴史家諸先生方の意見と根本的に違っております。
すなわち、人類の文明の変遷を地球レベル、いや宇宙レベルで捉えておる訳でありまして、人間レベルで捉えては大きな間違いを犯すことになると思っています。
その考えの基本にありますのは、すべての出来事は人間にとっては出来事(ハプニング)であって、宇宙レベルにとっては必然である。つまり、人間の意志で時間や空間という世界をどうこうは絶対に出来ないのであります。
この世界観・宇宙観が総論として基礎にあった上での各論としての歴史観でないと、まったく無意味だと思うのであります。
哲学という人間探求の学問があって、その探求に役立つ手法として、化学や物理学や数学があり、その中に史学があるのと同じであると思うのであります。
従いまして、史学も哲学の中のひとつの各論である訳です。
ところが、近代に入って、専門馬鹿ばかりになってしまって、人間の傲慢さが知性という形で出てくるようになったと思えて仕方ありません。
各論を看破するには、まず総論を固めて置かなければならない訳です。
そういった観点から日本の近代化というものを考えてみますと、やはり世界の人類の近代化は16世紀から始まったと断言してもいいでしょう。
人類の文明をふり返ってみましても、メソポタミア、エジプト、中国、インダス、そして日本の縄文文明、みんなほぼ同じ時期に勃興しておるのであります。
古代から中世への変遷の時期も十世紀前後辺りから興っておるのであります。
そして16世紀での近代化。4−5百年周期で古い世界から新しい世界への脱皮が為されていると思うのです。
そういたしますと、日本の明治維新について再検証してみる必要があると思うのであります。
16世紀に世界、特にヨーロッパで起こった中世から近代への脱皮が、なぜ日本で起こらなかったか。
狭義的には、たしかに維新の志士たちはよくやったと言えるでしょう。
しかし、人類という広義的視野に立ったならば、その3,4世紀の遅れ(ずれ)は、宇宙レベルで考えれば何を意味していたかということに検証の力点をおかなければなりません。
ところが、歴史の史実を調べることに重点をおいて、実は誰それが、どういうことをやったから、こうなったという論点でしか考えられない歴史家ばかりであります。
実は宇宙の歴史はこうであって、その中の砂粒にもならない地球の意識がこういう動きをした為に、その中の構成要因の一つである人類の歴史も影響を受けて、こういう風に変化して来たのである、そして、その中で、宇宙の意識から使命として与えられた、こういう人間がこんな役割を果たした。
といったスケールの大きい大局観を持った歴史家が一人もいないのであります。
それなら、単なる辞書か百科事典を書いておるだけで、読む方にとっては、本当の歴史の勉強にはなりません。
結局、歴史の勉強も真理の探求に通じていなければ単なる歴史家とその読者と間の自己満足にしか過ぎない訳です。
司馬史観なるものがあるようですが、わたしから言わせれば、探検旅行記としか思えないのであります。
そんなものは所詮、その人間の狭い、短い人生体験の主観でしか有り得ないのではないでしょうか。
時間と金と少しの好奇心があれば、誰でも書けるものです。
わたしは、宗教礼賛者では決してありませんが、歴史を書く人間にも、確たる宗教観があって、その宗教観の表現方法として、歴史書を書く者でなければ、安易に歴史書を書くべきではありません。
もちろん、これは他の学問にも言えることであります。
特に歴史書の場合は、事実の改竄がほとんであり、ノンフィクションを装ったフィクションである訳です。
ことあるごとに申し上げているのですが、歴史の真相・真実は口頭伝説でしか伝えられないものです。その伝説を調べ聞いて書物にしたら最後、その事実は曲げられてしまうのです。
このことは、人間社会の中で日常茶飯事であることは言うまでもないことであります。
それなら、単なる小説であって、歴史小説なんておこがましいことを言うことが、人間としての知性の名の下の傲慢さであると思うのです。
日本の近代化について、こういった観点で、話しを戻しますと、16世紀に既に近代化は為されていたのです。その後の近代化の方法がヨーロッパと日本とでは違っていただけのことであるとわたしは思うのであります。
では、どう違っていたのか、江戸時代2百5十年の経緯が日本には必要であったから、そうなったのです。
江戸時代の最大の特徴は鎖国です。
すでに近代化の萌芽は16世紀にあり、水面下では江戸鎖国時代にも確実に進んでいたのであります。
その過程を消化した江戸時代末期に、必然的に明治維新が起こったのです。
人間が明治維新をやったのではありません。必然的に起こったのであります。
その証明になるのが、江戸時代に生まれた文化には傑出したものが多く出ておるのです。
特に、言葉を使ったいろいろな文学に表れております。
ヨーロッパ諸国においても、文化の飛躍的発展が近代化の推進力になったのであり、
ルネッサンスはまさに文化大革命であったのです。
日本におけるルネッサンスが江戸時代、特に元禄時代であることは、みなさんも納得されるはずであります。
明治維新後の日本の文化の発展は、大正デモクラシーまで待たねばならなかったのです。
そしてその反動が昭和初期から、敗戦の昭和20年までであることを忘れてはなりません。