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第四十七章 三島由紀夫の世界 「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉があります。 そして、武士が己の命を断つ時、腹を切ることが名誉であると彼らは考えていました。 人間が生まれてから7年ぐらいで死というものを知り意識し始めます。 そして、そこで初めての鬱症にかかります。 しかし、それ以後数十年は死から目をそらして生きてゆきます。それによって鬱症になることから逃れていけるのです。 ところが、自然に任せておくと14才頃に二回目の鬱状態がやってきます。この鬱状態で、その人間の一生の人格が決定されてしまいます。 三島由紀夫の作品を読んでみて、わたしが感じたのは、彼がこの二回目の鬱状態の時に何か大きな衝撃が彼の精神に影響を与えたのだと思うのです。 「潮騒」に彼の経験した衝撃を垣間見ることができます。 それ以後、彼は心の中に一生この衝撃とつきあわなければならない重しを背負ったのであると思うのです。 その重しをはずしてくれるのは自己の死しかない訳です。その時から彼は自己の死に時、死に場所を求めて生きてきたのではないでしょうか。 「金閣寺」にそれがよく表れています。 そして、その生き様が、他の平凡な生き方をする人間と乖離していくにつれて、彼が天から与えられた天職に気づいていき、その才能の花を開かせる結果となっていくのですが、その時から彼の死のプロローグが切って下ろされた思うのであります。 そして、自己憐憫を常に隠しながら死に憧れ、死を見つめ、そして最後のエピローグを、高々と歌い上げて、壮烈な死を迎えたのであります。 ここに、もう一人、死を見つめて生きてきたという人間がおります。 今でこそ、自分で、死と暴力をテーマにした映画をつくり賞まで取っている、一見鬼才に思える人物であります。 こんな世の中を、三島由紀夫は許せなかったのであります。 「憂国」にそれが表現されております。 そして「仮面の告白」では、そういった類の人間の化けの皮を剥がすのです。 今こそ、三島由紀夫の世界観が日本に必要なのです。 古典文学と現代世相をミックスした表現の出来た、戦後唯一人の作家ではなかったでしょうか。 |