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第百話 最大の恩恵 死ぬことを知っているから、生きる意義を持っているわたしたち人間。 だから、わたしたち人間は悩みや四苦八苦をしながら生きている 死ぬことを知らないから、生きる意義を持っていない他の生き物たち。 だから、他の生き物たちは、悩みも四苦八苦もしないで生きている。 わざわざ悩み四苦八苦するために生きる意義を持つなら、他の生き物たちのように、生きる意義を持たない方がどれだけ楽でしょうか。 わざわざ死ぬことを知ったために悩み四苦八苦するなら、他の生き物たちのように、死ぬことを知らない方がどれだけ楽でしょうか。 死ぬことを知ったこと。 生きる意義を持ったこと。 その結果、悩み四苦八苦する。 逆に言えば、 悩み四苦八苦する原因は生きる意義を持ち、死ぬことを知ったことにあることを、わたしたち人間は知っているから、生きる意義を考えないように刹那的に生き、死ぬことを忌み嫌って生きているとも言えます。 わたくしが必死になって論述している死の問題を、人間はみんな無意識のうちに知っているのだと、わたくしは思うのです。 どんな人間でも、追い詰められた最後には死ぬことを考えます。 追い詰められた大臣が首吊り自殺する。 追い詰められた天下り役人が飛び降り自殺する。 病気に追い詰められた患者が飛び降り自殺する。 借金に追い詰められた人間が首吊り自殺する。 結局、切り札が死であることを、わたしたち人間はよく知っているのです。 他の生き物たちは死ぬことさえ自由にならないのです。 わたしたち人間は死ぬことを知っているのに対して、他の生き物たちは死ぬことを知らないからです。 死ぬことを知るということほど最高の恩恵はないのです。 それなのに、わたしたち人間は、死ぬことを知ったこと、生きる意義を持ったことで悩み四苦八苦する、これは絶対に道理に合いません。 死ぬことを知ったこと。 生きる意義を持ったこと。 その結果、悩み四苦八苦から解放されなければなりません。 「死の概念」で停滞しているからで、「死の理解」に至ればそうなります。 『今朝のお話(Daily discourse)』Vol. (I) −終わり−
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