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第百四話 光の手品 「時間」と「空間」の「時空の世界(The world of time and space)」に、わたしたちは生きている。 相対性理論です。 「時間」など無い「空間」の「空の世界(The world of empty)」に、わたしたちは実在し、「時空の世界(The world of time and space)」を映し出している。 絶対性理論です。 実在する「空の世界(The world of empty)」は、静止している宇宙のことで、そこには光も音もない、つまり、“静止の暗闇と沈黙の宇宙”です。 映像の「時空の世界(The world of time and space)」は、運動している宇宙のことで、そこには光と音がある、つまり、“運動の光と音の宇宙”です。 光と音と言いましたが、厳密には光と音と匂いと味と肌触り、つまり、五感で感じるものを指します。 従って、 実在する「空の世界(The world of empty)」は、“静止の暗闇と沈黙と無臭と無味と無境界の宇宙”です。 映像の「時空の世界(The world of time and space)」は、“運動の光と音と匂いと味と肌触りの宇宙”です。 相対性理論で有名な式があります。 E = mc2+1/2 mv2 これは何を意味しているかと言いますと、光で感じるもの、つまり、目で見えるものが動いている物体であり、静止している物質のエネルギー(mc2)と動いている物体のエネルギー(1/2 mv2)を足したものであると言っているわけです。 光で感じるものだけでなく、音で感じるもの、つまり、耳で聞えるものも動いている物体であり、静止している物質のエネルギー(mc2)と動いている物体のエネルギー(1/2 mv2)を足したものであると言っているわけです。 光で感じるものだけでなく、匂いで感じるもの、つまり、鼻で匂えるものも動いている物体であり、静止している物質のエネルギー(mc2)と動いている物体のエネルギー(1/2 mv2)を足したものであると言っているわけです。 光で感じるものだけでなく、味で感じるもの、つまり、舌で味わえるものも動いている物体であり、静止している物質のエネルギー(mc2)と動いている物体のエネルギー(1/2 mv2)を足したものであると言っているわけです。 光で感じるものだけでなく、肌触りで感じるもの、つまり、皮膚で自他を区分けるものも動いている物体であり、静止している物質のエネルギー(mc2)と動いている物体のエネルギー(1/2 mv2)を足したものであると言っているわけです。 つまり、 五感で感じるものこそ、動いている物体であり、静止している物質のエネルギー(mc2)と動いている物体のエネルギー(1/2 mv2)を足したものであると言っているわけです。 光で感じるもの、つまり、目で見えるものが一番速く伝わるから、光の速度を一番速いとして、一番速いものを一定(C=Constant)としたわけです。 要するに、光だけは別格で、光だけが速度の無いもの(だから光の速度をC=Constant=一定とした)、つまり、時間が一切掛からないで動けるものとしたわけです。 そうしないと、目で見えるものはすべて過去のものになってしまうからです。 ところが、光の速度は秒速30万キロメートルである(1秒間の地球を7周半する)ことは、今では誰でも知っています。 実際には、目で見えるものでも、その間に距離があれば、伝わるのに必ず時間が掛かる、つまり、目で見えるものはすべて過去の映像であることは明白です。 相対性理論で、光の速度より速いものは無く、その速度をC=Constant=一定とした理由は、光以外のものの速度はすべて相対的であるのに対して、光の速度は絶対的だとしたからです。 時速5キロメートルで歩いている二人の人間が歩いている方向が逆なら、お互いに相手の速度は時速10キロメートルに感じるが、同じ方向に歩いているなら、お互いに相手の速度は0キロメートル、つまり、止まっているように感じる、つまり、状況によって速度は変化する相対的なものである。 ところが、光だけは、つまり、目で見えるものだけは、どんな状況でも速度は変化しない絶対的なものであるとしているわけです。 一見複雑難解な説明ですが、平たく言えば、見えるものと見ているものは同じ世界にいると言っているわけで、同じ世界にいるということは、同じ時間、つまり、現在にいると言うわけです。 わたしたちが現実だと思い込んでいる世界に外なりません。 誰もが納得する話です。 しかし、その結果、わたしたち人間だけが錯覚(勘違い)の世界に嵌り込んでしまったのです。 まさに光の手品です。 自分も、自分以外の他のすべても、同じ世界に生きている。 相対性理論の主張です。 自分独りだけの世界に生きており、自分以外の他のすべては映像に過ぎない。 絶対性理論の主張です。 |