第百十八話 芸術の欺瞞性

女性の科学者は殆どいません。
科学が受身的でなく、攻撃的であるからです。
科学から脱却する社会を構築するには、「オス(男性)社会」から「メス(女性)社会」に変わらなければできません。
近代社会の三種の神器であるルネッサンス・宗教改革・産業革命は、一言で言えば、宗教に対するアンチテーゼであるとお話しました。
科学が宗教と同じ穴の狢である証明だともお話しました。
つまり、宗教も科学も両方とも攻撃的である証明であり、それを立証するのが宗教戦争であります。
嘗ての十字軍遠征も宗教戦争であり、イラク戦争も宗教戦争であることは、古代・中世・近代・現代を貫いて、宗教は決して受身的ではなく攻撃的である証明です。
つまり、宗教の正体は、人間の肉体と精神の解放を目差しているのではなく、人間の肉体と精神を呪縛するのを目的としているのです。
つまり、宗教も「オス(男性)社会」がつくった攻撃的な代物なのです。
だから、近代の三種の神器であるルネッサンス・宗教改革・産業革命には女性のつけ入る隙はなかったのです。
ルネッサンスに女性画家は一人もいない。
爾来、女性画家は極めて少ない。
クラシック音楽に女性作曲家は一人もいない。
爾来、女性作曲家は一人もいない。
芸術の世界に女性は殆どいない。
科学の世界に女性は殆どいない。
芸術と科学は本来二律背反するものです。
芸術は受身的であり、科学は攻撃的であるからです。
ところが、ルネッサンス・宗教改革・産業革命によって芸術も宗教や科学と同じ攻撃的になってしまった。
爾来、500年が経って現代社会に、その歪みが生じてしまったわけです。
すべてが攻撃的であった古代・中世、特に近代・現代といった人類の歴史が、今や大きく転換しようとしているのです。
2500年周期で起こる「軸の時代」とは、そのことを示唆しているのかも知れません。
新しい「軸の時代」とは、すべてが受身的である「メス(女性)らしい社会」が出現する時代であるかも知れません。