第百二十六話 本物の“地動説”

人類の文明の歴史は古代・中世・近代でした。
現代は近代の一部に過ぎません。
古代・中世では、「天動説」が常識でした。
近代では、「地動説」が常識でした。
これからやって来る「新しい社会」の時代はもはや、近代でも現代でもありません。
「新しい時代」ですから“新代”と言えます。
人類の文明の歴史は古代・中世・近代そして“新代”と引き継がれていくわけですが、“新代”がやって来るかどうかは、今わたしたちが直面している地球環境問題を克服できるかどうかに掛かっています。
逆に言えば、“新代”に相応しい「新しい人間」が出現するかどうかに掛かっているわけです。
結局の処、今わたしたちが直面している地球環境問題を解決できるのは、“ええじゃないか、ええじゃないか、自分さえよければええじゃないか!”と阿呆踊りしている「旧い人間」ではなく、時代を切り開く「新しい人間」しかできないのです。
国連やサミットでいくら地球環境問題を議論しても、彼らは悉く阿呆踊りしている「旧い人間」なのです。
何故ならば、彼らが戦争を惹き起こしている張本人なのですから。
戦争を惹き起こす「旧い人間」は必ず差別・不条理を惹き起こす。
差別・不条理・戦争はすべて一枚岩であります。
“あの人は差別をするが不条理や戦争はしない”
“あの人は不条理をするが差別や戦争はしない”
“あの人は戦争をするが差別や不条理はしない”
こんな人間は一人もいません。
“あの人は差別をするから不条理・戦争もする”
“あの人は不条理をするから差別・戦争もする”
“あの人は戦争をするから差別・不条理もする”
国連やサミットの連中は悉く差別・不条理・戦争を惹き起こす「旧い人間」です。
古代の奴隷社会から中世の封建社会を切り開いた「新しい人間」は間違いなくイエス・キリストでしょう。
ところがイエス・キリストとキリスト教をまったく別物、つまり、本物のイエス・キリストをニセモノの「キリスト教」にしてしまったのが「暗黒の中世」であったわけです。
「暗黒の中世」封建社会から近代社会を切り開いた「新しい人間」は“地動説”を発見したコペルニクスやガリレオでしょう。
ところがコペルニクスやガリレオの“地動説”をニセモノの“地動説”にしてしまった連中がいて、彼らが地球環境問題を惹き起こした近代(現代)にしたわけです。
地球環境問題を惹き起こした近代(現代)から、「新しい時代」、つまり、“新代”を切り開く「新しい人間」は本物の“地動説”を唱える人間でしょう。