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第百三十五話 人生=鑑賞 「有」の宇宙とは無い映像宇宙。 つまり、 「誕生」・「生」・「死」という一生は、映画館で映画が上映されることに外なりません。 「誕生」・「生」・「死」という一生は、わたしたち人間の場合は人生と呼びます。 「誕生」・「生」・「死」という一生は、137億光年の宇宙の場合はマクロ宇宙の一生と呼びます。 「誕生」・「生」・「死」という一生は、素粒子の場合はミクロ宇宙の一生と呼びます。 わたしたち人間の人生とは、映画館で上映されている映画を鑑賞することに外なりません。 「誕生」とは、映画館の鑑賞席に座ると同時に映画の上映が開始されること。 「生(生きる)」とは、上映されている映画を鑑賞すること。 「死」とは、映画の上映が終了し、映画館の鑑賞席から離れること。 突き詰めてみれば、 人生とは映画を鑑賞することに外なりません。 鑑賞者が本当の自分であることを忘れて、出演してもいない映画に出演しているかの如く錯覚(勘違い)している。(映画に感情移入している) 更に突き詰めてみれば、 人生=鑑賞 鑑賞には、鑑賞する者と鑑賞されるものがあります。 鑑賞する者、つまり、鑑賞者が実在するもので、鑑賞されるもの、つまり、映画は映像に過ぎません。 従って、 鑑賞者=本当の自分 映画(映像)=ニセモノの自分 映画の上映中には館内は消灯されていて鑑賞者は見えず、見えるのは上映されている映画(映像)だけの所為で、映画(映像)=ニセモノの自分を本当の自分と錯覚(勘違い)しているが、上映が終了して、今度は映画(映像)が消され、館内が点灯されると、鑑賞者である本当の自分が見えるわけで、それが人生の最後である「死」に外ならならず、人生=鑑賞が終了するわけです。 そして、「無」の宇宙である有る実在宇宙に戻るわけです。 |