第百四十三話 「運動時空間」と「静止時空間」

「時間」には、映像の「運動時間」と実在の「静止時間」があります。
上る『永遠』と下る『永遠』が映像の「運動時間」であり、上下折り返し点の「静止時間」が実在する『今』であります。
「空間」にも、映像の「運動空間」と実在の「静止空間」があります。
進む『未来』と退く『過去』が映像の「運動空間」であり、進退折り返し点の「静止空間」が実在する『現在(過去や未来に繋がらない現在)』という『ここ』であります。
結局の処、
実在するのは、「静止時間」の『今』と、「静止空間」の『ここ(過去や未来に繋がらない現在)』だけであります。
『過去・現在(過去や未来に繋がる現在)・未来』は単なる映像の「運動空間(光景)」であり、「生」は上る『永遠』、若しくは、下る『永遠』という映像の「運動時間」であります。
「誕生」、「生」、「死」という円回帰運動とは、「誕生」・「死」という実在する「静止時空間」と、「生」という映像の「運動時空間」であり、『現在(過去や未来に繋がらない現在)の死(誕生)』が実在する『今、ここ(過去や未来に繋がらない現在)』という「静止時空間」であり、『過去の生(下る『永遠』)』、『未来の生(上る『永遠』)』が映像の「運動時空間」であります。
整理してみますと、
「静止」=実在
実在する「静止時間」=『今』
実在する「静止空間」=『ここ(過去や未来に繋がらない現在)』
実在する「静止時空間」=『今、ここ(過去や未来に繋がらない現在)』
これらを一括りにしたのが『現在(過去や未来に繋がらない現在)の死(誕生)』であります。
「運動」=映像
映像の「運動時間」=上下する『永遠』
映像の「運動空間」=『過去・現在(過去や未来に繋がる現在)・未来』
映像の「運動時空間」=『過去の生(下る『永遠』)』、『未来の生(上る『永遠』)』
詰まる処、
『今(上る『永遠』や下る『永遠』に繋がらない上下折り返し点の「静止時間」)、ここ(過去や未来に繋がらない現在)』=『現在(過去や未来に繋がらない現在)の死(誕生)』=唯一実在する「静止時空間」
『過去の生(下る『永遠』)』、『未来の生(上る『永遠』)』=映像の「運動時空間」
更に詰まる処、
『今(上る『永遠』や下る『永遠』に繋がらない上下折り返し点の「静止時間」)』=実在『ここ(過去や未来に繋がらない現在)』=実在
『今(上る『永遠』や下る『永遠』に繋がらない上下折り返し点の「静止時間」)、ここ(過去や未来に繋がらない現在)』=実在
『死(誕生)』=実在
『過去』=映像
『現在(過去や未来に繋がる現在)』=映像
『未来』=映像
『過去・現在(過去や未来に繋がる現在)・未来』=映像
『生』=映像
更に詰まる処、
『今、ここ』=『死』=実在
『過去・(現在)・未来』=『生』=映像