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第百四十四話 『現在』と『今』と『ここ』 わたしたち人間が「時間」と思っていた『過去・現在・未来』は、実は「時間」ではなく、「空間(光景)」だったのです。 「空間」の一部である『現在』は『過去』、『未来』と繋がっている「運動空間」であるが、『過去』、『未来』と繋がっていなければ、それは『現在』ではなく『ここ』という「静止空間」になります。 わたしたち人間が円回帰運動の一生(人生)と思っていた『誕生・生・死』が、実は「時間」だったのです。 『生』が上る『永遠』と下る『永遠』という「運動時間」であり、『死(誕生)』が『今』という「静止時間」だったのです。 『現在』とは、「運動空間」の『現在』と「運動時間」の『現在』があったわけです。 『過去』、『未来』という「運動空間」と繋がっている『現在』という「運動空間」と、『過去』、『未来』という「運動空間」と繋がっていない『ここ』という「静止空間」があったわけです。 上る『永遠』、下る『永遠』という「運動時間」と繋がっている『現在』という「運動時間」と、上る『永遠』、下る『永遠』という「運動時間」と繋がっていない『今』という「静止時間」があったのです。 『今』という「静止時間」は、『現在』という「運動時間」に対峙しています。 『ここ』という「静止空間」は、『現在』という「運動空間」に対峙しています。 わたしたち人間は、この二つの『現在』を味噌も糞も一緒くたにしてきたのです。 だから、「現在」、「現在この瞬間」、「この瞬間」といったものと、『今、ここ』を味噌も糞も一緒くたにしてきたのです。 前・後=進む「未来」・退く「過去」と繋がる「運動空間」の『現在』か、上・下=上る『永遠』・下る『永遠』と繋がる「運動時間」の『現在』との二つがある。 前後=進む「未来」・退く「過去」と繋がっていなければ、それは「静止空間」の『ここ』になります。 上下=上る『永遠』・下る『永遠』と繋がっていなければ、それは「静止時間」の『今』になります。 『今、ここ』と『現在』を混同してきたことが、わたしたち人間を錯覚(勘違い)の生きものにしてしまったわけです。 『今』=『現在』 『ここ』=『現在』 『今、ここ』=『現在』 この味噌も糞も一緒くたにした錯覚(勘違い)が、二十世紀までの常識でした。 『今』=「静止時間」、『現在』=「運動時間」 『ここ』=「静止空間」、『現在』=「運動空間」 『今、ここ』=「静止時空間」、『現在』=「運動時空間」 この整理された「考え方」が、二十一世紀の常識になります。 |