第百五十二話 唯一の権利(恩恵)

わたしたち人間は何故死を恐れるのでしょうか。
その理由を知るためには、恐怖の本質を理解しなければなりません。
恐怖の正体は未知にあります。
有知になれば恐怖は消えます。
わたしたち人間が死を恐れる理由は、“自分も必ずいつか死ぬ”という「死の概念」を持っているからです。
“自分も必ずいつか死ぬ”ことを知ったわたしたち人間が死を恐れる理由は、“いつか”にあります。
“自分も必ず死ぬ”なら有知のことですから恐怖は生じません。
“自分も必ずいつか死ぬ”という、有知の“必ず”でありながら、未知の“いつか”もあるという中途半端な「死の概念」が死を恐れさせるのです。
必ず死ぬことはわかっているが、いつ死ぬかはわかっていない。
この中途半端な「死の概念」が死を恐れさせるのです。
従って、
“自分も必ずいつか死ぬ”という未知の死期の「死の概念」だから、死を恐れるのであって、有知の死期、つまり、“自分も必ずいついつに死ぬ”という「死の理解」に至れば、死を恐れることはなくなります。
死を怖れる結果、生に執着する。
“生は好くて、死は好くない“と思い込むわけです。
人類の異常発生の原因は、死に対する恐怖にあったのです。
人類の異常発生を抑える唯一の解決策は、人類から死の恐怖を取り除くことです。
それが、「死の概念」から「死の理解」に至ることに外なりません。
人類の所為で起こした地球温暖化といった地球環境問題の解決は、人類が「死の理解」に至って、死の恐怖を取り除く道しかありません。
従って、
わたしたちひとり一人の人間が、自分の死期を知れば、人類全体が死を恐れることはなくなり、人類の異常発生は収束していきます。
ではどうしたら、わたしたちひとり一人の人間が、自分の死期を知ることができるでしょうか。
自殺しかない。
自殺という言葉を不吉なものと捉えているわたしたち人間ですが、それは人類の歴史の黎明期において、「神」によって摺り込まれたからです。
死ぬことを知った唯一の生きもの・人間にとって、自ら命を絶つ、つまり、自殺は唯一の権利(恩恵)であるのです。
唯一の権利(恩恵)である“自ら命を絶つ”ことを、人類の歴史の黎明期において、「神」の名の下に奪い取った者がいたわけです。
爾来、わたしたち人間は、唯一の権利(恩恵)である“自ら命を絶つ”、つまり、自殺することを不吉なものと摺り込まれたのです。
二十一世紀という“新しい時代(新代)”では、“自ら命を絶つ”、つまり、自殺が唯一の権利(恩恵)であることが常識になります。
そうならなければ、地球号に乗って旅をしている全生命体の絶滅の危機を回避することはできません。