第百五十三話 「死(唯一の権利・恩恵)」を恐れる勘違い

「死」が怖いから、「生」に執着する、だが「生」は実在ではなく映像である。
有るものは無い。
つまり、
有る「生」は無い。
無いものは有る。
つまり、
無い「死」は有る。
この訳のわからない話が実は真理なのです。
見えるものはすべて映像だから無い。
つまり、
「生」は映像だから無い。
見る者が実在だから有る。
つまり、
「死」が実在だから有る。
だが見る者は自分が見えない。
つまり、
「死」は死ぬことができない。
この訳のわからない話が実は真理なのです。
結局の処、
わたしたち人間は、不可能なこと(実在しない映像)を追い掛けて、可能なこと(実在)から逃げようとしている。
「生(実在しない映像)」を追い掛けて、「死(実在)」から逃げようとしている。
だから、
「健康(実在しない映像)」を追い掛けて、「病気(実在)」から逃げようとしている。
だから、
「お金持ち(実在しない映像)」を追い掛けて、「貧乏(実在)」から逃げようとしている。
だから、
「幸福(実在しない映像)」を追い掛けて、「不幸(実在)」から逃げようとしている。
だから、
「天国(実在しない映像)」を追い掛けて、「地獄(実在)」から逃げようとしている。
だから、
「神(実在しない映像)」を追い掛けて、「悪魔(実在)」から逃げようとしている。
だから、
「支配者(実在しない映像)」を追い掛けて、「被支配者(実在)」から逃げようとしている。
だから、
「光(実在しない映像)」を追い掛けて、「暗闇(実在)」から逃げようとしている。
こういった錯覚(勘違い)はすべて、「死(唯一の権利・恩恵)」を恐れる錯覚(勘違い)に端を発しているのです。