第百六十二話 悪意に満ちた人間社会

現代日本社会のどぶねずみ人間化は一体いつごろからはじまったのでしょうか。
顕著な現象として起こり始めたのは、やはり、二十一世紀に突入した頃、つまり、2000年以降でしょう。
一番目立った現象としては、ドライバーの運転マナーが極端なほど画一化しだしたことが挙げられるでしょう。
嘗ては、ドライバーの運転マナーには地域性と職業柄があった。
大阪・京都のドライバーの運転マナーは最悪なのに、同じ関西の神戸のドライバーの運転マナーは東京と同じで極めて上品と自他共に認めていた。
タクシーやトラックのドライバーの運転マナーは全国共通して最悪だった・・・・・・・・・。
といった具合に、地域、職業柄によって、いわば個性があった。
ところが、現在の日本では、どこに行っても、どんな職業のドライバーでもまったく同じ運転マナーになっている。
運転マナーがよくなった、とよい意味では言えます。
個性がなくなった、と悪い意味では言えます。
運転マナーの画一化の卑小な原因として考えられるのは、女性ドライバーと高齢者ドライバーが増えたことと、交通違反の罰則・罰金の峻烈化でしょう。
女性や高齢者の特徴は柔軟性の欠如にあるからです。
飲酒運転の罰則・罰金の峻烈化は異常なほどで、“交通違反をすると大きな損失を蒙る!”といった具合に、ドライバーの心理に大きく影を投げかけ、運転マナーの変化に影響を与えたことは間違いないでしょう。
しかし、そういった表面的な問題の水面下で起きている恐るべき狙いがあることに、わたしたち一般の人間は気づいていないのです。
一般大衆の「ロボット化」です。
「没個性化」と言い換えてもいいでしょう。
圧倒的多数を占める一般大衆、いわば「国民総ロボット化」現象が、水面下で着実に進められているのです。
支配者階級の人間による、被支配者階級の「ロボット化」であります。
嘗て、古代・中世の時代においても、被支配者階級の「ロボット化」は進められていました。
支配者階級の人間にとって、被支配者階級の人間を「ロボット化」するのは、自己防衛上の絶対条件なのです。
何故なら、被支配者階級の人間の数の方が圧倒的に多いからです。
圧倒的に少ない人間が、圧倒的に多い人間を支配するには、被支配者階級の「ロボット化」が絶対条件なのです。
そんな中で、近代社会、特に、現代社会になって、人間の数が異常発生しだした。
ますます増える被支配者階級の人間を如何に抑えるか。
人間の数が異常発生した支配・被支配二層構造の社会の支配者側にとっての最大の命題が、被支配者階級の「ロボット化」です。
人間の数の異常発生が生む、もう一つの問題が格差社会の出現です。
圧倒的に多い一般大衆(被支配者階級)との格差を決定づけておかないと、危険極まりないと支配者階級が危惧する結果、格差社会が出現するわけです。
結局の処、
支配・被支配二層構造の差別社会の中で、人間の数の異常発生に伴って起きた現象が、一般大衆の「ロボット化」であるわけで、これは明らかに悪意に満ちた意図的な、人為的な狙いであります。
地球温暖化といった地球環境問題も、これらの悪意に満ちた意図が水面下にある結果と言えるのです。