第百六十三話 餓鬼畜生とは人間のこと

第百四十九話【どぶねずみ=人間】でお話しましたように、唯一知性ある生きもの・人間にとって、最もしてはならないこと、つまり、原罪とは、無意識に生きることであります。
つまり、
自覚症状の無い音痴だけはなってはいけない。
自覚症状のある悪人はまだましです。
自覚症状の無い善人が一番罪深い人間なのです。
つまり、
イエス・キリストが死の今際に神に訴えた、“神よ!彼らは自分たちが何をしているのかわかっていないのです!”といった連中が一番罪深い人間なのです。
“みんなで渡れば怖くない”と暴走するどぶねずみ人間が一番罪深いのです。
反社会的人間、つまり、暴力団といった連中は、自分たちは何をしているかわかって敢えてやっている。
こういった連中は一握りの数しかいないがゆえに、嘗ての社会は安定していた。
いわば、彼らは世間の吹き溜り的存在だった。
彼らこそ、“お金がすべてだ!”、“お金儲けのどこが悪い!”と嘯いている疾しい世間の吹き溜り的存在であって、堅気の一般大衆とは一線を画していた。
ところが、超拝金主義になってしまった現代社会は、大半の人間の根性が世間の吹き溜り的存在の人種、つまり、暴力団と同じ人種になり下がってしまったのです。
暴力団のような自覚症状が無いだけ、更にタチが悪い。
さしずめ、現代日本社会の人間は一億総暴力団であり、しかも、自覚症状が無い。
その典型が、母親が自分の子供を殺し、子供が産みの母親を殺すという常軌を逸した現象なのです。
日本人の大半の人間が、自分には縁の無い事件だと高を括っているのは、自覚症状が無いからで、現代日本社会に生きている大半の人間が、常軌を逸した行動をする危険性を持っているのです。
“お金がすべてだ!”と思い込む小学生のガキまでが、暴力団の根性になっている現代日本社会。
まさに、酒池肉林の餓鬼畜生界の様相であります。
餓鬼畜生とは、他の生きものではなく、わたしたち人間に外ならないのです。