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第百六十五話 どぶねずみ人間の不利点 知性を持つということは、意識して生きるということに外ならない。 知性を持たないということは、無意識で生きるということに外ならない。 意識して生きるということは、死を意識して生きるということに外ならない。 無意識で生きるということは、死を意識しないで生きるということに外ならない。 わたしたち人間と他の生きものの決定的な違いはこの点にあります。 わたしたち人間が生きものの頂点に立っている理由はこの点にあります。 自然の食物連鎖の法則のトップに人類という動物が君臨している理由はこの点にあります。 この点以外においては、わたしたち人間も他の生きものと何も変わらない同じ地球上の生きものです。 では、わたしたち人間と他の生きものの現象的な違いは何処にあるでしょうか。 他の生きものは、『過去・現在・未来』に思いを馳せない結果、『今、ここ』を生き切っているから、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖など無縁の一生を生きている。 わたしたち人間は、『過去・現在・未来』に思いを馳せる結果、『今、ここ』を生き切っていないから、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の一生を生きている。 わたしたち人間と他の生きものの違いはこの点に尽きます。 では、生きものの頂点に立っている、自然の食物連鎖の法則のトップに君臨しているわたしたち人間が何故、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の一生を生きて行かなければならないのでしょうか。 トップに君臨するということは、他の生きものよりも利点があるはずです。 トップに君臨した結果、他の生きものよりも不利点が増えるはずがない。 わたしたち人間だけは、他の生きものを食っても食われることがない。 これが、トップに君臨している生きものの利点です。 わたしたち人間の存在理由において、何か間違っている点がある。 そうでないと、トップに君臨している生きものが、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の一生を生きて行かなければならないという不利点を蒙るわけがない。 死を意識して生きることを運命づけられているのが、トップに君臨する生きものの利点なのに、それを不利点にしてしまっている。 意識して生きるということは、無意識で生きるということよりも利点なのです。 死を意識して生きるということは、死を意識しないで生きるということよりも利点なのです。 知性を持って生きるということは、知性を持たないで生きるということよりも利点なのです。 “脳みそに汗をかかせる”能力を失ってしまった現代日本社会の人間。 “自分さえ好かったら善い”、だけど、“みんなで渡れば怖くない”と自己矛盾で分裂した現代日本社会の人間。 画一化した運転マナーのドライブしかできない現代日本社会の人間。 こういった、どぶねずみ人間、ロボット化された人間だけが不利点を蒙っているだけで、本来の人間にはこんな不利点は一切ないのです。 意識して生きること、死を意識して生きることをしていないから、どぶねずみ人間、ロボット化された人間に成り下がって、不利点を蒙っているのです。 |