第百七十三話 知ることが鍵

知性とは知る能力のことであり、死を知る能力のことであります。
人間の存在理由とは死を知ることにあります。
本当の人間とは、死を知ることを好いことだと理解している人間のことを言うのです。
どぶねずみ人間とは、死を好くないものと錯覚(勘違い)している人間のことを言うのです。
死を知ることを好いことと理解することと、死を好いことと思うこととは違います。
死を知ることを好いことと理解することは、二元論を超えた考え方です。
つまり、二元論の本質を理解していることに外なりません。
二元論の本質とは、二元要因が補完関係にある点です。
死を好いことと思うことは、死を好くないことと思うことと同じです。
つまり、死を好いことと思うことと、死を好くないことと思うことは表裏一体のコインの関係ですから、死を好いと思うと、死を好くないと必ず思います。
更に、死を好いこと若しくは死を好くないことと思うと、死と表裏一体のコインの関係にある生をも好いこと、好くないことと思うようになります。
その理由は、死が実在で、生は死の不在概念だからです。
好い若しくは好くないと思う本質は、好くないと思うことにあります。
不在概念の本質がこの点にあります。
従って、
実在を好くないことと思い、実在の不在概念を好いことと思うようになります。
わたしたち人間が陥っている錯覚(勘違い)の原因がここにあるのです。
わたしたち人間がつくったこの錯覚(勘違い)のメカニズム。
このメカニズムを理解する気づきが、死(実在)を知ることは好いことだと理解することで起こります。
好いと思えば必ず好くないと思う。
死を好いことと思えば必ず死を好くないことと思う。
死を知ることを好いことと理解することが鍵です。