第百七十五話 完全な有知

死を知ることは好いことなのです。
何故ならば、死は実在するものだからです。
ところが、わたしたち人間は死を知ることを好くないことだと思い込んできた。
だから、死を怖れ、生を苦とする一生を送る羽目に陥ってしまったのです。
つまり、実在するものを好くないものだと思い込んでしまった。
逆に、実在するものの不在概念という、単なる考え方に過ぎない実在しないものを好いものだと思い込んでしまった。
死という実在するものに対して、単なる考え方に過ぎない実在しない不在概念である生を好いものだと思い込んでしまった。
“生は好くて、死は好くない”
わたしたち人間が当たり前のように思っている考え方ですが、実は道理に合わない考え方なのです。
健康と病気の関係などは、そのことを明快に示してします。
実在するのは病気であって、健康は「病気のない状態」、つまり、病気の不在概念に過ぎない実在しないものなのに、わたしたち人間は実在しない健康を求めて、実在する病気を避けているのです。
“健康は好くて、病気は好くない”
これは道理に合わない。
“金持ちが好くて、貧乏は好くない”
これは道理に合わない。
自然(地球)社会では、貧乏が実在で、金持ちは貧乏の不在概念に過ぎない実在しないものなのです。
金持ちが存在する(存在しているかのように錯覚している)のは人間社会だけで、自然(地球)社会では、みんな貧乏なのです。
金持ちとは蓄積しているものを指し、貧乏とは蓄積していないものを指します。
自然(地球)社会では蓄積の考え方など一切なく、つまり、明日の糧など一切考えず、今日の糧だけで満足しています。
つまり、貧乏が実在で、金持ちは貧乏の不在概念に過ぎない実在しないものなのです。
“強は好くて、弱は好くない”
これは道理に合わない。
弱が実在で、強は弱の不在概念に過ぎない実在しないものなのです。
“賢は好くて、愚は好くない”
これは道理に合わない。
愚が実在で、賢は愚の不在概念に過ぎない実在しないものなのです。
“幸福は好くて、不幸は好くない”
これは道理に合わない。
不幸が実在で、幸福は不幸の不在概念に過ぎない実在しないものなのです。
“天国は好くて、地獄は好くない”
これは道理に合わない。
地獄が実在で、天国は地獄の不在概念に過ぎない実在しないものなのです。
“神は好くて、悪魔は好くない”
これは道理に合わない。
悪魔が実在で、神は悪魔の不在概念に過ぎない実在しないものなのです。
“支配者は好くて、被支配者(奴隷)は好くない”
これは道理に合わない。
被支配者(奴隷)が実在で、支配者は被支配者(奴隷)の不在概念に過ぎない実在しないものなのです。
ところが、わたしたち人間は実在するものを避け、実在しないものを追い掛けて生きてきたのです。
これは錯覚(勘違い)以外の何者でもない。
実在を知ることは好いことなのです。
死を知ることは好いことなのです。
それが「死の理解」であり、完全な有知なのです。