第百七十九話 子供に「新しい考え方」を

死を知ることは好いことであることを理解する子供が増えてくると、半世紀も経たないうちに人間社会から差別・不条理・戦争はなくなります。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、差別・不条理・戦争が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、支配被支配二層構造の社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、世襲・相続の差別社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、“生が好くて、死が好くない”と思い込む錯覚社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、“オスが好くて、メスが好くない”と思い込むオス社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、“強が好くて、弱が好くない”と思い込む錯覚社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、“賢が好くて、愚が好くない”と思い込む錯覚社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、“富が好くて、貧が好くない”と思い込む錯覚社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、“幸福が好くて、不幸が好くない”と思い込む錯覚社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、“天国が好くて、地獄が好くない”と思い込む錯覚社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、“神が好くて、悪魔が好くない”と思い込む錯覚社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、“健康が好くて、病気が好くない”と思い込む錯覚社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、“支配者が好くて、被支配者が好くない”と思い込む錯覚社会が絶えないのです。
人類の黎明期から子々孫々、死を知ることは好くないことだと思い込んできた結果、人類は死を怖れ、四苦八苦の生を生きてきたから、“実在の不在概念が好くて、実在が好くない”、つまり、無いものねだりの錯覚社会が絶えないのです。
死を知る時期である子供の時に、錯覚の人生を送らないような教育をしてやることが絶対必要なのです。
ひとたび、錯覚の人生を送る羽目に陥った大人に気づかせることは不可能ではないが、極めて困難です。