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第百九十一話 “文明”が聞いて呆れる わたしたち人間は、どんな出来事(事象)でも、「是否論」=「有論」、つまり、“好い悪い”で考えます。 どんな出来事(事象)でも、“好い悪い”で考えるのが、わたしたち人間。 “汝、殺すなかれ”と考える、わたしたち人間。 “汝、姦淫するなかれ”と考える、わたしたち人間。 “汝、盗むなかれ”と考える、わたしたち人間。 “汝、嘘をつくなかれ”と考える、わたしたち人間。 “汝、他人のものを欲するなかれ”と考える、わたしたち人間。 ところが、現実には、 “汝、殺すなかれ”と考えながら、殺す、わたしたち人間。 “汝、姦淫するなかれ”と考えながら、姦淫する、わたしたち人間。 “汝、盗むなかれ”と考えながら、盗む、わたしたち人間。 “汝、嘘をつくなかれ”と考えながら、嘘をつく、わたしたち人間。 “汝、他人のものを欲するなかれ”と考えながら、他人のものを欲する、わたしたち人間。 つまり、 “好い悪い”で考えた挙句、“悪い”ことを否定しながら、“悪い”ことをする、つまり、肯定する分裂症生きものが、わたしたち人間なのです。 他の生きものたちは、どんな出来事(事象)でも、「無論」、つまり、“好い悪い”の無い、在りのままを受け入れます。 どんな出来事(事象)でも、“好い悪い”の無い、在りのままを受けいれるのが、他の生きもの。 “汝、殺すなかれ”と考えないのが、他の生きもの。 “汝、姦淫するなかれ”と考えないのが、他の生きもの。 “汝、盗むなかれ”と考えないのが、他の生きもの。 “汝、嘘をつくなかれ”と考えないのが、他の生きもの。 “汝、他人のものを欲するなかれ”と考えないのが、他の生きもの。 そして、現実には、 “汝、殺すなかれ”と考えないで、殺す、他の生きもの。 “汝、姦淫するなかれ”と考えないで、姦淫する、他の生きもの。 “汝、盗むなかれ”と考えないで、盗む、他の生きもの。 “汝、嘘をつくなかれ”と考えないで、嘘をつく、他の生きもの。 “汝、他人のものを欲するなかれ”と考えないで、他人のものを欲する、他の生きもの。 つまり、 在りのまま、己の欲するままに生きているのが、他の生きものなのです。 結局の処、 “好い悪い”で考えることなどまったく無意味で、端から、悪いことをするのが、わたしたち人間なのです。 殺しもする、姦淫もする、盗みもする、嘘もつく、他人のものを欲することもするのが、わたしたち人間なのです。 わたしたち人間のやっていることは、他の生きもののやっていることとまったく同じなのです。 唯一違うのは、 他の生きものたちは、どんな出来事(事象)でも、“好い悪い”の判断をせず、“悪い”ことをやっている。 わたしたち人間は、どんな出来事(事象)でも、“好い悪い”の判断をして、“悪い”ことをやっている。 文明社会を構築した人間のやってきたことは、ただ、これだけのことだったのです。 だから、 “汝、差別するなかれ”と考えながら、差別する、わたしたち人間。 “汝、不条理するなかれ”と考えながら、不条理する、わたしたち人間。 “汝、戦争するなかれ”と考えながら、戦争する、わたしたち人間。 差別・不条理・戦争が絶えない、わたしたち人間の文明社会。 “文明”という言葉が聞いて呆れます。 |