第百九十二話 無いものねだりの人間

わたしたち人間は、どんな出来事(事象)でも、「是否論」=「有論」、つまり、“好い悪い”で考えます。
言い換えれば、
わたしたち人間は、どんな出来事(事象)でも、“好い悪い”の判断をして、“悪い”ことをやっている。
他の生きものたちは、どんな出来事(事象)でも、「無論」、つまり、“好い悪い”の無い、在りのままを受け入れます。
言い換えれば、
他の生きものたちは、どんな出来事(事象)でも、“好い悪い”の判断をせず、“悪い”ことをやっている。
“悪い”こととは、わたしたち人間が勝手に決めつけただけのことで、実は実在するものだったのです。
“好い”こととは、わたしたち人間が勝手に決めつけただけのことで、実は“悪い”ものの不在概念だったのです。
新田哲学風に言い換えれば、
わたしたち人間が勝手に決めつけた“悪い”ことが“在り方”で、“好い”ことが“考え方”に過ぎなかったのですから、わたしたち人間も他の生きものも“悪い”ことしかできないのです。
だから、
“好い悪い”の判断をしない他の生きものは分裂症に陥らないのに、わたしたち人間は“好い悪い”の判断をして“悪い”ことをするから分裂症に陥るのです。
“生が好くて、死が悪い”と判断して、「死ぬ」のです。
何故なら「死」が実在だからです。
“オスが好くて、メスが悪い”と判断して、「メス」になるのです。
何故なら「メス」が実在だからです。
“善が好くて、悪が悪い”と判断して、「悪」になるのです。
何故なら「悪」が実在だからです。
“強が好くて、弱が悪い”と判断して、「弱」になるのです。
何故なら「弱」が実在だからです。
“賢が好くて、愚が悪い”と判断して、「愚」になるのです。
何故なら「愚」が実在だからです。
“富が好くて、貧が悪い”と判断して、「貧」になるのです。
何故なら「貧」が実在だからです。
“幸福が好くて、不幸が悪い”と判断して、「不幸」になるのです。
何故なら「不幸」が実在だからです。
“天国が好くて、地獄が悪い”と判断して、「地獄」に行くのです。
何故なら「地獄」が実在だからです。
“神が好くて、悪魔が悪い”と判断して、悪魔になるのです。
何故なら「悪魔」が実在だからです。
“健康が好くて、病気が悪い”と判断して、「病気」になるのです。
何故なら「病気」が実在だからです。
“支配者が好くて、被支配者(奴隷)が悪い”と判断して、「被支配者(奴隷)」になるのです。
何故なら「被支配者(奴隷)」が実在だからです。
いくら「生」、「オス」、「善」、「強」、「賢」、「富」、「幸福」、「天国」、「神」、「健康」、「支配者」を“好い”と考えても絶対になれないのです。
何故なら「生」、「オス」、「善」、「強」、「賢」、「富」、「幸福」、「天国」、「神」、「健康」、「支配者」は単なる不在概念の実在しないものだからです。
もういい加減無いものねだりの生き方から目覚めましょう!