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第百九十五話 21世紀に宗教が消滅する根拠 “神が天地を創造した” 宗教はそう主張します。 “人間が神を捏造した” 新田哲学はそう主張します。 諸悪の根源は神にあります。 わたしたち人間は、生きている中で苦境に直面すると、“神さま、助けてください!”と神頼みをします。 また、“こんなことをしていたら天罰を食らう”と神の祟りを怖れています。 無神論の唯物的な人間でも、いざそんな状況になると、“神さま、助けてください!”と心の中で叫びます。 一人の人生を超えた、まるで人類のDNAに摺り込まれたかのように、わたしたちひとり一人の意識の中に、人知を超えた存在としての“神”が摺り込まれています。 だから、いくら無神論の唯物的な人間でも、いざとなったら、“神さま、助けてください!”と心の中で神頼みをするのです。 本当に神が天地を創造したのなら、天地の一部である他の生きものも、わたしたち人間が畏怖している、“神さま、助けてください!”と叫ぶ“神”を畏怖するはずです。 日本人なら神社・仏閣、欧米人なら教会、アラブ人ならモスク、ユダヤ人ならシナゴーグ・・・を神の居場所として手を合わせ、祈ります。 しかし、日本に住んでいる犬や猫は神社・仏閣に平気で小便を引っ掛けます。 しかし、欧米に住んでいる犬や猫は教会に平気で小便を引っ掛けます。 しかし、アラブに住んでいる犬や猫はモスクに平気で小便を引っ掛けます。 しかし、ユダヤに住んでいる犬や猫はシナゴーグに平気で小便を引っ掛けます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 この現象は、わたしたち人間が手を合わせ、お祈りする、神社・仏閣・教会・モスク・シナゴーグに天地を創造した神など居ない証明であります。 ところが、わたしたち人間は、いくら無神論の唯物的な人間でも、神社・仏閣・教会・モスク・シナゴーグに対し、犬や猫と同じように小便を引っ掛けると、“こんなことをしていたら天罰を食らう”と神の祟りを怖れるのです。 まさに、人類のDNAに摺り込まれているわけです。 これは何故でしょうか。 他の生きものを圧倒する地上最強の生きもの・人間が、他の生きものが怖れない神社・仏閣・教会・モスク・シナゴーグに居る神を怖れるのは何故でしょうか。 悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の一生を送る、地上最強の人間。 悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖と無縁の一生を送る、他の生きもの。 これは道理に絶対合わない。 他の生きものが、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖と無縁の一生を送れるのなら、他の生きものを圧倒する地上最強の生きもの・人間が悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の一生を送るはずがない。 他の生きものが、神社・仏閣・教会・モスク・シナゴーグに小便を引っ掛けても平気なら、他の生きものを圧倒する地上最強の生きもの・人間が神社・仏閣・教会・モスク・シナゴーグに平気で小便を引っ掛けられるはずです。 ところが、わたしたち人間はそれが出来ない。 “こんなことをしていたら天罰を食らう”と神の祟りを怖れるDNAを持っているからです。 これは何故でしょうか。 他の生きものを圧倒する地上最強の生きもの・人間が、他の生きものが怖れない神社・仏閣・教会・モスク・シナゴーグに居る神を怖れるのは何故でしょうか。 人間の存在理由のどこかに間違った点があるからです。 本来の人間の存在理由を忘れてしまっているからです。 錯覚の生きもの・人間に成り下がっているからです。 新田哲学が、“21世紀中には宗教が消滅する”と主張する根拠がここにあるのです。 |