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はじめに 「心の旅の案内書」で始まり、「こころの琴線」で終わった新田哲学は難解であるとの批判から、わかりやすい新田哲学を目差して、「今朝のお話(Daily Discourse)」を“語り口調”で始めたつもりでしたが、「今朝のお話(Daily Discourse)」Vol.(II)では、「宗教と科学」、特に、「科学」の正体を暴くことに力点を置いたため、少々、難しい話になってしまいました。 しかし、これからやって来る「新しい人間社会」については、およそ、理解して頂けたのではないでしょうか。 「死の理解」と「時間の理解」のできる「新しい人間」で構成される「新しい人間社会」がこれから登場する。 「新しい人間社会」では、差別・不条理・戦争はありません。 これまでの文明社会と決定的な違いが、差別・不条理・戦争のない点です。 差別・不条理・戦争のない人間社会とは、一体どんな社会なのか。 「今朝のお話(Daily Discourse)」Vol.(III)では、再び、わかりやすい“語り口調”で、お話してみたいと思います。 平成19年9月21日 新 田 論
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おわりに 人間社会と自然社会の決定的な違いは、差別・不条理・戦争のある人間社会、差別・不条理・戦争のない自然社会との違いです。 種の数の正常か異常かの違いが、そのことを如実に顕しています。 自然社会では、種の数は正常に守られていて、増え過ぎもしないし、減り過ぎもしません。 不増不減の世界が絶対に守られているのが自然社会です。 イナゴやバッタやどぶねずみの大群発生は、人間社会が原因で起こったものですが、そういった現象も二十世紀後半からまったくなくなりました。 原因は、人間という種自体が異常発生しはじめたからです。 人間の数が異常に増え始めた段階で起こったのが、イナゴやバッタやどぶねずみの大群発生であり、人間社会に近いところで食べ物を得ている種が先ず異常発生したわけです。 ところが、科学の罪的側面である公害問題が人間社会で取り沙汰されるようになって、更なる科学技術の功的側面による公害対策がイナゴやバッタやどぶねずみの大群発生を阻止するようになったわけです。 人間のひとり勝ちの極致に達した地球で、人間の数だけが異常発生する兆候を見せはじめたのが二十世紀後半からであり、それにともなって地球自体が異常を来すようになった。 それが地球温暖化問題の実態です。 不増不減の法則が守られない社会で起こるのが差別・不条理・戦争なのであり、二十世紀後半から差別・不条理・戦争がますます激しくなってきた人間社会が直面する問題が地球温暖化であるのです。 温室効果ガスの削減で以って地球温暖化問題を解決するといった対症療法は、根治をますます困難にすると同時に、更なる予測不可能な新しい問題を惹き起こすでしょう。 人間社会だけにある差別・不条理・戦争の因子は、わたしたちひとり一人の人間の中に深く浸透しています。 わたしたちひとり一人の気づきしか、この負の流れを阻止することはできません。 そう信じて、「今朝のお話(Daily Discourse)」Vol.(III)を綴ってきましたが、ご理解頂けたでしょうか。 平成19年12月19日 新 田 論
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