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第三百十一話 不幸は“しあわせの谷間”という徳 今までの常識では、“幸福”という言葉と、“不幸”という言葉は正反対の意味、つまり、反義語(反意語)でした。 だから、 “幸福が好くて、不幸が好くない”という「好いとこ取りの相対一元論」の罠に嵌っていたのです。 「夢の中の眠り」Vol.(V)のChapter897【不幸は“しあわせの谷間”という徳】では、不幸が実在で、幸福は不幸の不在概念に過ぎず、しかも、不幸は実は“しあわせの谷間”という徳に外ならないことをお話しました。 「夢の中の眠り」Vol.(V)のChapter897【不幸は“しあわせの谷間”という徳】を下記引用します。 病気の実体はあっても健康の実体がないように、わたしたちが希求する幸福の実体というものもありません。 あるのは不幸の実体だけです。 癌という病気の実体はあっても、健康は癌といった病気の不在概念に過ぎず、しかも生きている限り病気の無い状態はあり得ないのですから、病気の不在概念としての健康そのものがあり得ない概念なのです。 病気は体調の変化と言い換えてもいいわけで、変化とは運動であり、運動とは生きていることなのですから、生きている限りは病気は付き物であり、病気の無い状態を望むなら運動を停止する、つまり、死ぬしかありません。 健康・病気二元論は病(やまい)の甲乙丙変形二元論であり、健康は病(やまい)の甲状態であり、病気は病(やまい)の丙状態であり、健康でも病気でもない普段の状態が病(やまい)の乙状態であるわけで、甲状態から乙状態へ、乙状態から丙状態へ、丙状態から再び甲状態に戻る(円回帰する)繰り返し動作をするだけです。 病(やまい)の甲・乙・丙の円回帰運動の繰り返し動作こそが誕生(始点)・生(円周)・死(終点)に外なりません。 円回帰運動が開始されるのが始点である誕生であり、円回帰運動が終了されるのが終点である死であり、その間の全円周が生なのですから、わたしたち生ある者は必ず病の甲・乙・丙・甲・乙・丙・甲・乙・丙・・・・・・・を繰り返し、最後に死を迎えた時点で、甲・乙・丙・甲・乙・丙・甲・乙・丙・・・・・・・の繰り返し動作を終了させるわけです。 病(やまい)の甲・乙・丙の繰り返し動作を続けている限り絶対に死ぬことはなく、寿命が尽きて死ぬなら甲・乙・丙の円回帰運動の繰り返し動作が停止するわけで、絶対に病気は治りません。 医者が病気を治すのではありません。 寿命が病気を治すか、病気を治さない、つまり死ぬのかを決定するのです。 幸・不幸二元論も同じわけで、生きている限り不幸は付き物で、不幸の甲・乙・丙の円回帰運動の繰り返し動作をするだけのことです。 不幸の無い状態の幸福などあり得ない。 不幸の甲・乙・丙・甲・乙・丙・甲・乙・丙・・・の繰り返しをするのが生きていることであり、不幸の無い状態を望むなら死ぬしかないし、寿命があって生きているなら、不幸の甲・乙・丙状態の円回帰運動の繰り返し動作が続けられるのですから、不幸の丙状態から必ず不幸の甲状態に戻るのです。 ところが幸・不幸変形二元論の甲・乙・丙なら甲・乙・丙・乙・甲・乙・丙・乙・甲・・・の振り子運動の繰り返し動作を続けることになり、不幸の丙状態である不幸から不幸の甲状態である幸福の間に必ず不幸の乙状態を通過することになる。 「在り方」と「考え方」の二通りで生きている知性ある生き物・人間だけが、思い悩み、四苦八苦する人生を送る原因は、甲と丙(白・黒二元論)の間に乙というグレーゾーン(灰色ゾーン)があり、甲は白、丙は黒と認定できるのに、乙である灰色は認定できない点にあるのです。 乙が振り子運動の始点であり、終点であるにも拘わらず、一度、運動を開始する、つまり、生き続けると、位置を認定できない通過点(運動点)になるからです。 円回帰運動と振り子運動の静止点(始点と終点)と運動点(通過点)とがどんでん返しになることが、「在り方と考え方」と「二元論」との共有面と固有面、「在り方と考え方」と「全体と部分の相対性の法則」との共有面と固有面、「全体と部分の相対性の法則」と「二元論」との共有面と固有面がどんでん返しになる原因であり、白点(甲点)と黒点(丙点)とその間の灰色ゾーン(乙通過点)の為せる業なのであります。 「在り方」一如、「一元論若しくは三元論」一如、「全体観」一如で生きている他の生き物は、すべて、円回帰運動の甲・乙・丙の繰り返し動作、つまり、甲・乙・丙・甲・乙・丙・甲・乙・丙・・・であります。 「在り方と考え方」、「二元論」、「全体と部分の相対性の法則」で生きている人間は、振り子運動の甲・乙・丙の繰り返し動作、つまり、甲・乙・丙・乙・甲・乙・丙・乙・甲・・・であります。 健康と病気の間に必ずどちらでもない灰色ゾーンである乙がある。 幸福と不幸の間に必ずどちらでもない灰色ゾーンである乙がある。 過去と未来の間に必ずどちらでもない灰色ゾーンである乙、つまり、現在がある。 不幸は“悪い”ことと捉えるからであり、不幸を不幸度つまり“しあわせの谷間”と捉えると、円回帰運動の甲・乙・丙の繰り返し動作、つまり、甲・乙・丙・甲・乙・丙・甲・乙・丙・・・になるのです。 健康であり、少し健康が減退し、やがて病気が襲ってくるが、突然再び健康に戻るように、幸福感があり、少し幸福感が減退し、やがて不幸感が襲ってくるが、突然再び幸福感に戻るのが「在り方」の生き方であり、不幸度(しあわせの谷間)の一休が楽しめるのです。 |