第三百二十話 二十一世紀のキーワードは「死」

「オス社会」→「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会」→「宗教と科学」→「差別・不条理・戦争」→「地球環境破壊」→「人類の絶滅」
人類の絶滅のシナリオは、「オス社会」を頂点にして、「宗教と科学」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会」で底辺を構成するトライアングルが元凶であることが、よく理解して頂けたでしょうか。
このトライアングルは、未熟な知性ゆえ発生したものであり、未熟な知性は未熟な言語ゆえ発生したものです。
未熟な言語は、アンチテーゼ(嫌い)は必ずプロテーゼ(好き)になる構造を有しています。
“プロテーゼ(好き)が好くて、アンチテーゼ(嫌い)は悪い”という「好いとこ取りの相対一元論」や、“プロテーゼ(好き) 対 アンチテーゼ(嫌い)”という「(二律背反)二元論」が未熟な知性ゆえの未熟な言語です。
“プロテーゼ(好き)=アンチテーゼ(嫌い)”が成熟した知性ゆえの成熟した言語です。
つまり、
未熟な知性は必ず成熟した知性になる。
未熟な言語は必ず成熟した言語になる。
嫌いは必ず好きになる。
アンチテーゼは必ずプロテーゼになる。
まさに、マクロ宇宙からミクロ宇宙を貫く円回帰運動の完結に外なりません。
始点(誕生)→円周(生)→終点(死)
「円周(生)の世界」=「未熟な知性の世界」=「未熟な言語の世界」=「二十世紀までの世界」
「終点(死)の世界」=「成熟した知性の世界」=「成熟した言語の世界」=「二十一世紀の世界」
つまり、
未熟な知性とは、死の世界を受け入れられない知性に外なりません。
未熟な言語とは、死の世界を受け入れられない言語に外なりません。
従って、
成熟した知性とは、死の世界を受け入れられる知性に外なりません。
成熟した言語とは、死の世界を受け入れられる言語に外なりません。
結局の処、
二十一世紀のキーワードは「死」に外なりません。