第三百四十三話 人口激増の正体

イエス・キリストが2000年前にこう言いました。
“神よ!彼らは(人間は)自分が何をしているのかわかっていないのです!”
わたしたち(どぶねずみ)人間のしていることは、すべて、逆さまなのです。
あれから2000年が経ち、現代科学文明社会になっても、わたしたち人間は同じことを繰り返しています。
いや、2000年の経過が、ますます、人間社会を「錯覚の世界」に押し込んで行ってるようです。
文明の発達度と反比例している面として錯覚度があるように思えてなりません。
言い換えれば、
文明にも、功罪両面がある証明でしょう。
文明の功的側面は、知性による生活の利便性の向上があります。
一方、
文明の罪的側面は、知性による地球環境の悪化があります。
利便性は人間社会だけに与えるもの、つまり、部分観の問題であるのに対して、地球環境悪化は地球全体に関わるもの、つまり、全体感の問題であることに注目しなければなりません。
これは一体何を意味しているのでしょうか。
地球上だけに生命体、つまり、生きものがいます。
人間をも含めすべての生命体にとって、絶対厳守の法則があるのです。
自然の食物連鎖の法則です。
平たく言えば、
すべての生命体の間で「食う食われる」関係が成立しているのです。
人間といえども、この法則から逃れることはできません。
言い換えれば、
すべての生命体の数は、増え過ぎることも、減り過ぎることも許されないのです。
まさに、般若心経にある「不増不減」の世界が地球なのです。
そんな中で、人間の数だけが激増している。
この現象は、まさに、どぶねずみの暴走状態に外ならず、結末は断崖から まっさかさま、つまり、すべての生命体の絶滅です。
イエス・キリストの時代、つまり、紀元0年の頃の人口が3億だったのに対し、1500年後のルネッサンス時代でも4.3億だったのに、それから100年毎に1600年には6億、1700年には8億、1800年に10億と増えはじめ、1900年初頭に16億と急増しだし、その100年後の2000年には63億まで激増し、更に止まるところを知らない状態が現在続いているのです。
地球温暖化といった地球環境問題は、人口の急増、激増に伴って発生したことは明白です。
地球温暖化の直接原因は、先進国による温室効果ガスの激増によるものですが、人口激増は先進国で起こっているのではなくて、開発途上国で起こっていることに注目をしなければなりません。
逆に温室効果ガスを激増させている先進国の人口は減少しているのです。
だから、地球温暖化問題は、先進国の問題であって、開発途上国には責任がない一方で、人口激増問題は、開発途上国の問題であって、先進国には責任がないと、わたしたち人間は考えているようです。
そう思っている限り、絶滅の危機から逃れることはできません。
ライオンはシマウマを食って生き、シマウマは草を食って生き、草は土を食って生き、土はライオンを食って生きている。
これが自然の食物連鎖の法則です。
ライオンがシマウマを食い過ぎると、シマウマは減り過ぎることを避けるために子供を増やし過ぎる結果、シマウマの数は急増して、シマウマに食われる草は激減します。
草も減り過ぎることを避けるために土を食い過ぎ、土も激減するのを避けるために、ライオンを食い過ぎ、結局は、ライオンもシマウマも草も土も絶滅していく。
自然の食物連鎖を破壊することによる結末なのです。
ライオン(先進国)が食い過ぎるために、シマウマ(開発途上国)は子供を増やし過ぎるのです。
先進国が食い過ぎることが問題なのです。
結局の処、
差別・不条理・戦争が地球温暖化の根本原因なのです。
地球温暖化といった地球環境問題は戦争の一形態であると新田哲学が主張する根拠がここにあります。