第三百四十八話 現実よりもリアルな夢

夢といわゆる現実との違いは、“過去・現在・未来”という時間の流れが一方通行なのか、両方通行なのかの違いです。
従って、
“過去・現在・未来”は本来両方通行である。
過去→現在→未来だけでなくて、未来→現在→過去もあり得る。
では、一方通行と両方通行の違いとは何でしょうか。
運動と静止の違いです。
厳密に言えば、
運動と静止・運動の違いです。
更に厳密に言えば、
「この世」=「動画面の世界」=「主観の世界」=「概念の世界」=「映像の世界」=「相対の世界」=「運動の世界」=「二元論の世界」=「円周の世界」=「生の世界」=「宗教の世界」=「科学の世界」=「神の世界」=「政治の世界」=「経済の世界」=「歴史の世界」=「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の世界」=「差別・不条理・戦争の世界」=「必然の世界」=「過去・現在・未来の世界」=「未熟な知性の世界」。
と、
「この世とあの世」=「鑑賞席のある映画館の世界」=「主観・客観の世界」=「理解の世界」=「現実の世界」=「絶対・相対の世界」=「静止・運動の世界」=「三元論の世界」=「終点の世界」=「死の世界」=「宗教を超えた世界」=「科学を超えた世界」=「神を超えた世界」=「政治を超えた世界」=「経済を超えた世界」=「歴史を超えた世界」=「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖を超えた世界」=「差別・不条理・戦争を超えた世界」=「必然・偶然の世界」=「『今、ここ』の世界」=「成熟した知性の世界」。
の違いです。
“過去・現在・未来”を流れる(運動する)時間だと捉えるから、一方通行としか捉えられないのです。
“過去・現在・未来”を静止している空間だと捉えると、両方通行と捉えられるのです。
では、“過去・現在・未来”は過去→現在→未来でしょうか。
『今(地球号)』という名の汽車の窓外に観える光景(空間)が“過去・現在・未来”の正体に外ならないことは何度もお話してきました。
そうです。
“過去・現在・未来”は本来両方通行である。
過去→現在→未来だけでなくて、未来→現在→過去もあり得る。
従って、
昼間目が覚めているいわゆる現実という世界よりも、夜間夢を観ている世界の方がよりリアル(現実的)なのです。
この点においても、わたしたちは錯覚をしているのです。