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第三百五十話 「死」の理解(2) 起きている時の疲労を取るのが寝ることだと言われています。 言い換えれば、 目が覚めている時の疲労を取るのが眠りである。 厳密に言えば、 目が覚めている時の肉体の疲労を取るのが熟睡であり、精神の疲労を取るのが夢の睡眠だと言うわけです。 果たしてそうでしょうか。 現に、五臓六腑の内臓は四六時中動いていて休息なんか取っていません。 確かに、眠らないと体調が悪くなるようですが、それなら、一層のこと、疲れた内臓は一時休止したらいいのに、どんなに調子が悪くても五臓六腑の内臓は一時休止することはありません。 どんな臓器一つでも欠けたら死に至ります。 何故でしょうか。 それが有機生命体のメカニズムだからです。 つまり、 どんな臓器一つでも欠けたら有機生命体は死に至る。 肉体の死とは有機生命体の死に外なりません。 肉体の疲労と睡眠とは何ら関係の無い証左です。 それでは、精神の疲労と夢の睡眠とは関係あるでしょうか。 精神=心=想い=五感の為す自他の区分け意識=自我意識(エゴ)であることを、先ず認識しておくことが大事です。 そうしますと、目が覚めている時と、夢を観ている時の五感の働く程度が違うことが、精神の疲労と夢の睡眠との因果関係の証明になります。 しかし、目が覚めている時も、夢を観ている時も、五感はすべて働いています。 視覚も聴覚も嗅覚も味覚も触覚もみんな夢を観ている時も働いています。 夢を観ていても五感の休息にはなっていません。 つまり、 目が覚めている状態も、夢を観ている状態も、五臓六腑の内臓も五感も働いている(運動している)同じ状態なのです。 昼間のいわゆる現実の世界と、夜間の夢の世界は同じなわけです。 いわゆる現実は夢、つまり、映像である証明です。 先ずこのことを理解する必要があります。 |