第三百五十八話 人生の意味

死ぬことを知る知性とは、わたしたち人間が本来具えている新しい本能だった。
わたしたち知性ある生きもの・人間は、死ぬことを確信するために、生まれてきて生きている。
まさに、
死ぬために生きているわけです。
死ぬことが生きている最終ゴールなのです。
“そんなこと当たり前ではないか!”
そうみなさんは思われるでしょう。
ではみなさんの人生の最終ゴールの死をどうして怖れるのでしょうか。
最終ゴールの死を怖れて生きている人生に一体どういう意味があるのでしょか。
死を怖れる理由は、死が悪いものであるからでなく、死がどんなものであるかわからないからです。
無知が恐怖の原因なのです。
“死が悪いものだったら、やはり、死は怖いではないか!”
そうみなさんは思われるでしょう。
悪いとか好いとかの判断は、わたしたち人間だけがするものです。
それが知性の所以です。
しかも、
悪いと好いは一枚のコインの裏表の関係にあって、一方だけ切り離すことはできない。
つまり、
悪い=好い
わけです。
言い換えれば、
悪いことは必ず好いことであり、好いことは必ず悪いことであるのです。
そうしますと、
悪い死は好い死でもあるわけです。
みなさんは好い死でも怖いですか?
そうです。
死を怖れるのは、死が悪いことだからでなく、死がどんなものであるかわからないからです。
従って、
「死の理解」をすれば、死に対する恐怖はなくなります。
従って、
人生の最終ゴールの死に対する恐怖がなくなれば、人生は大いに意味のあるものになります。
人生は、楽しいから好いのではありません。
人生は、苦しいから悪いのではありません。
意味のある人生が大事なのです。
最終ゴールの死を怖がる人生など意味がありません。