第三百六十二話 本当の死

わたしたちは今まで、いつか必ず死ぬことはわかっているが、いつ死ぬかはわからない、と当たり前のように思ってきました。
まさに、錯覚の極みです。
未だ来ぬ未来の出来事である死がわかること自体が、先ず錯覚に外なりません。
未来のことがわかるなら、過去・現在・未来が両方通行である証明になります。
わたしたちは、過去・現在・未来が一方通行だと信じています。
物理学者もそう主張しています。
それなら、
未だ来ぬ未来の出来事である死がわかるはずがありません。
若しくは、
未だ来ぬ未来の出来事である死がわかっているなら、過去・現在・未来は両方通行である証明になります。
過去・現在・未来が両方通行であるということは、過去・現在・未来がすべて、『今』に収斂している証明でもあります。
つまり、
過去・現在・未来が両方通行であるということは、過去・現在・未来が「時間」ではなく、「空間」であり、『今』が「時間」である証明です。
そして、
死は未だ来ぬ未来の出来事ではなく、『今』の出来事なのです。
そうすれば、すべての筋が合います。
つまり、
死ぬということは先の話ではなく、『今』の話に外ならないのです。
生と背中合わせで死んでいる証左です。
死と背中合わせで生きている逆証左です。
従って、
死期がわかる死が本当の死なのです。