第三百七十三話 死ぬ=生き切る

死を怖れている自分はニセモノの自分です。
死を怖れない自分がホンモノの自分です。
従って、
他人の死を哀しむ自分もニセモノの自分です。
従って、
他人の死を哀しまない自分がホンモノの自分です。
ニセモノの自分か、ホンモノの自分かは、身内の死を哀しむか、哀しまないかで判定できます。
身内の死を哀しむ自分は、ニセモノの自分に外なりません。
身内の死を哀しまない自分が、ホンモノの自分に外なりません。
何故なら、
死は怖れるものではないからです。
言い換えれば、
死は悪いものではないからです。
この点においても、わたしたち人間は逆さまで生きています。
死を怖れるのは、過去・現在・未来という「時間の世界」を生きているからです。
「時間のない世界」である『今、ここ』を生き切っていれば、死を怖れることはありません。
結局の処、
本当に生きるということは、生き切ることに外ならないのです。
生き切るということは、『今、ここ』でしかできないのです。
過去・現在・未来に想いを馳せて、生き切ることなどできないのです。
つまり、
生き切るとは、死ぬことに繋がっている証左です。
生き切ることが肝腎です。